神秘の国、日本

2000年代後半、大NINJAブーム到来。

事の発端は亀のミュータントNINJAが暴れまくる漫画Teenage Mutant Ninja Turtlesでした。1984年原作で、1987年からアメリカでテレビ放送が開始されたあと世界的に爆発的にヒットしたそれは、ガイジンボーイたちのNINJAへの憧れを着々と育てたいきました。そして2004年、成長したT.M.N.T.C.(Teenage Mutant Ninja Turtles Children)が何かの間違いでメロスピに傾倒し、遠く北欧スウェーデンの地で結成されたNINJA MAGICを発端として、同時多発的世界各国次々にガイジンNINJAバンドが誕生しました。また、空耳で一躍有名になったSKINDREDも昨年の新譜『Kill The Power』でそのものずばり「Ninja」というレゲエミクスチャーNINJA曲をつくっています。


JAH-AH-KOO(悪力)とは…

そうしたNINJAたちのJAH-AH-KOOな暗躍から世界を守るべく立ち上がったのが正義のSAMURAIたちです。特にチェコに誕生したグラインドコアバンドJIG-AIはその凶悪な音楽性で世の生ぬるいガイジンNINJAバンドたちをばっさばっさとなぎ倒していきました。それに続けと登場した白刃バンドがアトモスフェリックブラックメタルのHARAKIRI FOR THE SKYで、4月に発売されるみんな大好き『Aokigahara』では、昨年『Aokigahara Jukai』を出したTHRALLとともにNINJAたちを存分にUBASUTE (pronounced oo-bah-soo-tay) してくれることでしょう。さらにNINJA METALの聖地フィンランドから登場したWHISPEREDは『SHOGUNATE MACABRE』において三味線を駆使するなどするかなり高度なガイジンスラッシュ/デスメタルを披露し、「コレガSAMURAI METALダ」とNINJA MAGICに宣戦布告しています。


「人が来ませぬか」
「行けども行けども、人ひとりおらぬ」

BUSHI

そうしたNINJA対SAMURAIの血に溢れた争いによって荒廃した世を直すべく立ち上がったのが、INFERNAL POETRYやDARK LUNACYのドラマーとしてで活躍しているAlessandro Infusini氏のソロプロジェクトBUSHIです。BUSHI!記念すべき初作品となる『BUSHI』は、以下のようなコンセプトで作られています。

Bushi is a japanese word for ‘Samurai’, the military nobility of medieval and early-modern Japan and the whole album deals with the key-words of the Samurai world.

BUSHIは、中性や近代の日本における軍事階級であったSAMURAIのことを示す言葉。本作は全編SAMURAI WORLDのキーワードによって構成されている。

  1. 1.Rolling Heads 03:23
  2. 2.The Cherry Tree 02:49
  3. 3.A Well-aimed Blow Of Naginata 03:15
  4. 4.Runaway Horses 03:15
  5. 5.The Book Of Five Rings 03:26
  6. 6.Typhoons 03:09
  7. 7.Hidden In Leaves 03:09
  8. 8.Death Poems 03:35

「ヘイ!WHISPEREDもそうだけど、クマドリでローリングヘッドって、それBUSHIっつーよりKABUKIだよ!確かにSAMURAI WORLDではあるけど!」という気持ち、あるいはその他もろもろの気持ち、高まる。でもわかる。BUSHIはあくまでBUSHIであって武士ではないの。これはあくまでジャパニーズガイジンにとってのSAMURAI WORLDであって、あたしたちの侍の世界とは違うの。すなわち日本の常識を一方的に投げつけるのはYABOでBUSUIってもんよ……。

このように世界観はいかにもガイジンといった風情ですが、曲のほうは正しき心を感じる快活な変拍子系メタルです

現在変拍子系メタルには大きく2つの潮流があります。ひとつは(1)DREAM THEATERを発端としたプログレッシヴメタル、もうひとつは(2)MESHUGGAHを始祖としPERIPHERYが完成させたジェントです。ここに(3)THE DILLINGER ESCAPE PLANが提示したマスコアも加わって、それぞれが交わりつつさまざまなバンドがこの界隈にひしめいています。それぞれに重視されるものをものすごく単純に書くと、(1)展開、(2)グル―ヴ、(3)変態度合となるでしょう。

BUSHIの曲はギター/ベースとドラムのポリリズミックな絡み合いが主軸となっています。すべてチューニングをGにあわせているという、なんだかよくわからないけどとりあえずヘヴィに繰り広げられるそれは、展開というよりもグルーヴを聴かせる構成で、そういう意味ではジェント的です。ただし、メタルコアにおけるブレイクダウンの亜種的な使われ方をすることが多いジェントのグルーヴとBUSHIのそれとではやや趣が異なります。それでは一体その趣、いやOMOMUKIとは何なのでしょうか。

本作には上述したコンセプトの他に、もうひとつ音楽的なコンセプトがあります。それは歌詞に関するものです。実際の歌詞とともにそのコンセプトを見てみましょう。

Lyrically every song is a little haiku, a short form of Japanese poetry.
歌詞は全曲、少しばかり日本の短詩である俳句を意識したものになっている。

Down on the valley
clanging of armors fighting.
No face left to see.

はい、日本の心HAIKU入りました。日本語の俳句と同様、英語の俳句でも五-七-五が基本となっており、本作の歌詞はそれにならっているようです(※ただし区切りは音節で、必ずしも五-七-五でなくても良い様子。しかしながら影響が大きいのは歌詞そのものよりも、この歌詞を歌うボーカルのほうです

俳句ではなく短歌ですが、ニュースなどで宮内庁の歌会始を見ると、区切りの終わりを長く発音することがわかります。また、日常会話よりも抑揚を効かせた発音になっていることもわかるでしょう。本作でもそのUTAismを継承しており、長音を用いた抑揚の効いたボーカルが採用されています。また、コーラスが多めでリヴァーヴも強く効いており、さらに配置が中央でなく左右に振られているため、非常に音場が広く感じられます。

こうしたボーカルスタイルについて、Alessandro氏は以下のように述べています。

…vocal approach near the Psychedelia era.
(ボーカルはサイケデリック文化のそれに近い)

前述したボーカルのアレンジは確かに実態の不安定さを演出する方法でもあり、サイケデリックな効果をもたらします

それではこうしたボーカルが変拍子多用の演奏と合わさるとどうなるのでしょうか。変拍子を交えながら異なるリズムが並行して鳴らされるポリリズムは、間違いなく聴いている個人のリズム感覚を狂わせます。狂わされたリズム感覚に、さらに幻覚作用のあるボーカルが乗ったとしたら、二重の意味で現実ならざる感覚にさらされることになります

こうして同調して働くリズムとボーカルですが、そこにギターが加わるとまた新たな関係性が見えてきます。それは平静と情熱の対比です。俳句をもとにした抑揚の効いた歌は曲のなかで静的な要素として働きます。一方で、明朗に重低音を鳴らすギターと、マス的ではありながらも力強く歩を進めるドラムの、その両者のアンサンブルは、曲に躍動感を加えます。すなわち、その点ではボーカルとリズムは相反する属性を持っているということです

静的なボーカルと動的なリズムアンサンブルという異なる属性の演奏が、それぞれ高められた幻覚成分によって親和している。混ぜこぜになる情緒と景色、感覚。これが本作が醸すOMOMUKIの理由であるといえるでしょう。そしてそれは、圧倒的な強度とリズムで聴き手をOBZENの境地へと誘うMESHUGGAHと、その非平常性という点で共通しており、なるほど、これはBUSHIがZENして開眼するアルバムだったのです。

ガイジン万歳

7曲目で突然「武士道は死んだ……」とか言い出してNINJAにジョブチェンジする不届きものもでてきて、最期は辞世の句を読んで締められる本作。そうした負け戦や死にある種の美しさを感じるのは日本でも海外でも変わらないのでしょうか。ともかく、BUSHIとド直球にバンド名にしたり、HAIKUを全面に押し出したりと、日本文化の取り入れに関してはガイジン勢随一と言って良いでしょう。基本的にマッチョなマスメタルなのでジャパニーズワビサビみたいなのはありませんが、一曲一曲コンパクトに展開することもあって、非常に楽しく聴ける一枚です。ガイジンバンドが大好きな私ですので、これからもガイジンサムライ一派筆頭としてがんばってもらいたいところです。

投稿日:2014年03月19日