XINLISUPREMEが2012年10月13日に新作『4 Bomb』を発売する。10年ぶりの音源発売ということで、各所で取りあげられ期待が高まっている。

 そんな空気に水を差すような記事がこちらです。

 10年ぶり10年ぶりって、まあ待てと。冷静になれと。2005年の『Neinfuturer』は?『Zouave`s Blue』は?そして2年前の『Seaside Voice Guitar』は??どうもこれらの無料配信作品が―発信者によって意図・非意図の違いがあれど軽視されているようでならない。「10年ぶり」が完全に商業主義的・広告主義的に乱用されているようでならない。

 そう、おおくのメディアや個人が「10年ぶり」を打ち消す作品を「アレは無料配信だったし…」と貶め、「10年ぶり」を強調し煽ることで作品にくだらねー付加価値を与えている。「物語」を与えている。やめろ、やめろ!そういう薄っぺらい付加価値をつけるな!!そもそも「轟音ノイズ+ポップ+おセンチ」というスノッブホイホイみたいな音楽性の彼らに対してコレをやっちゃうとなると、もうハイプ臭スノッブ臭しかしないんだよ。

 音楽で食うためには、売る側がいろいろ考えてくれるってのはありがたいことだ。あるいは宣伝によってじぶんの好きなアーティストが広く知れわたるのは素直に嬉しいことだ。だけど作品に安っぽい価値を付け加えて、ってなると話は別だ。いや、ただ付け加えるだけならまだマシ。本人たちにとって至極重大で感動的な物語を、たった数行の短文で「感動的なモノガタリ」にするな!尊重しろ!尊重しろよ!!彼らの過程を!物語を!人生を!!興ざめなんだよ。婆ちゃんの葬式で見たこともねー親戚が「感動的な涙」を流してたときぐらいに興ざめなんだよ!!

 「あー、なにこんな程度のことでブチぎれてんのこいつ」とおもわれるでしょう。「音楽自身の価値は変わらないのに」とも。ちがう、ちがうよ。確かに鳴ってる音は変わらないよ。でも、宣伝で付加される「価値」も含めて音楽作品なんだよ。ただ音だけ聴いてるんじゃねえんだ。音にこめられた、いろんなものを鼓膜と脳みそで紐といてるんだ。だからこそ、こういうくだらねー「価値」が、「感動」が、XINLISUPREMEの作品に付加されんのが我慢ならねーんだ。そしてそれにスノッブどもが群がるのが!!彼らの作品をファッションで消費するのが!!!!たとえXINLISUPREME本人たちがこの件をなんともおもってなくても、たとえこの文章を読んで気分を害したとしても、我慢ならねーんだよ!!!!

 2002年当時彼らにくだされた高評価と、中国娘が踊りまくるまっ黄色の背景の垢抜けないオフィシャルサイトとのギャップに唖然としながらも、毎度の「Murder License」が良すぎてゲラゲラ笑い、「Seaside Voice Guitar」 が良すぎてボロボロ泣いた個人の至極当然な感情として。

 ……一番冷静じゃなかったのはオレだったというオチ。

 最後に、言い訳のように、新譜『4 Bombs』を、心の底から楽しみにしています。みんな買おう。

 以下CM。轟音で脳髄までとろけるように、音量上げて聴いてね。

投稿日:2012年09月14日