4つ打ちリズムから考えるV系史:BUCK-TICK/黒夢→DIR/PIERROT→蜉蝣→現代へと受け継がれる精神表現としての4つ打ち

Real Soundでこういう記事がでました。

リズムから考えるJ-POP史 第6回:Base Ball Bearから検証する、ロックにおける4つ打ちの原点

「ドッチータッチー」という4つ打ちリズムが、日本国内のロックでどう広がっていたかを書いた記事です。(ただしヴィジュアル系は除く。なぜならヴィジュアル系はそれがひとつの “”世界”” だからな……(暗黒微笑)(深いエコー))

本記事では、上記記事では触れられていないヴィジュアル系で、この4つ打ちがどのように扱われ、変化していったかをみていきます。

80年代後半~90年代前半:「ダンス」としての4つ打ちの登場

高速4つ打ちは、ヴィジュアル系では80年代にすでに登場しています。BUCK-TICKが1987年に発表した『HURRY UP MODE』収録の「FOR DANGEROUS KIDS」は、BPM180近くのスカ調の曲です。元記事には日本でこうしたロックとダンスの融合の母体となったのは、メロコアを中心としたパンクシーンだったと書いてありますが、パンクシーンの一部だったスカパンクは「なぜパンクシーンが4つ打ちの母体となったか?」のひとつのヒントとなる気がします。

BUCK-TICKはその後も4つ打ち曲を発表しています。『悪の華』(1990年)収録の「DIZZY MOON」ではダンス止まらず Moving Shoesと歌っており、この4つ打ちがダンスを意識したものだとわかります。ヴィジュアル系が確立してからでいえば、黒夢の「DANCE 2 GARNET」(『亡骸を・・・』収録、1993年)で、ダンスとしての4つ打ちがみられます。

日本国内のロック(ただしヴィジュアル系は除く)のような開放感はないものの、このころのヴィジュアル系4つ打ちはダンスと結びついていたようです。4つ打ちがダンスビートと呼ばれることを考えると、これは自然な話です。

90年代後半:「狂気」の前段階としての4つ打ち

90年代前半までは「ダンス」につながっていた4つ打ちですが、90年代後半に意味が少し変わってきます。

90年代後半からライバル関係――俗にいうデルピエロ時代を築いたDIR EN GREYとPIERROTが、ともにインディーズ時代にBPM180前後の4つ打ち曲を発表しています。

  • PIERROT「トウメイ」故「人間」也。(V.A.『TURN OVER”EAGLE VERSION”』収録、1995年)
  • DIR EN GREY「S」(『MISSA』収録、1997年、正確にはカギカッコつきの「S」が曲名だがカッコが二重になるので省略)

PIERROTはBUCK-TICKの影響下にあり、さらにリズムが特徴的なバンドでした。DIR EN GREYは黒夢に強い影響を受けていました。そう考えると、この2バンドが4つ打ちを導入するのは当然ともいえます。

1998年には、のちの御三家時代の一角を担うメリーやオサレ系の始祖となるバロックのメンバーが在籍していたShiverが、代表曲「Balance」でBPM190ごえのさらなる高速化を果たしました。

Shiver- Balance

(めちゃくちゃかっこいいすね~)

さらに2000年には、DIR EN GREYの後輩にあたる蜉蝣が「妄想地下室」でこれまたBPM190ごえの4つ打ちを披露しています。蜉蝣は、変則的なものもふくめれば、「アイドル狂いの心裏学」や「リストカッター」、「過去形真実」など多数の曲で4つ打ちパターンを使用しており、ヴィジュアル系4つ打ちの名手だったといえます。また、BPMは遅いものの、PIERROTのローディだったジュンノやカイト、のちにPIERROTのアイジとLM.Cを組むmayaが在籍していたsinnersも、2001年の「ニヒリスティック」(めちゃくちゃかっこいいすよ~)で4つ打ちを採用しています。4つ打ちの遺伝子が確実に継承されていることがわかります。

ヴラストビートとの関係でみる「狂気」と4つ打ち

これらの曲は4つ打ちを用いているものの、明らかにダンスとは結びついていません。

繰り返す君との 夜が恐くなってきたのなら
妄想の地下室 鍵を掛けて一人震えていよう
(「妄想地下室」)

こんなにもつらい心情を吐露した歌詞でノリノリになれるわけがない。

つまり「フェスロック」において開放的・身体的なノリやすさの象徴となっている4つ打ちは、このころのヴィジュアル系では、ノリやすいという概念から切り離されたものになっていたということです。

それでは、一体どういう表現としてつかわれているのか。

ひとつのヒントとなるのが、高速ツタツタ系、すなわちヴラストビートの存在です。私はこの時期のヴィジュアル系における高速4つ打ちは、このヴラストビートの低速化、すなわち「狂気」の前段階表現というべき存在なのではないかとおもっています。

ヴラストビート(ヴィジュアル系ブラストビート)と境界の破壊:SWARRRMとキズ

黒夢「親愛なるDEATHMASK」で完成されたヴラストビート。CUT RELATION, キチガイという歌詞のとおり、その速度は精神的な狂気に結びついていました。いっぽうで上記にあげた4つ打ちの歌詞を読むと、いずれも狂気の一歩手前、あるいは狂気のなかの正気を描いています。つまり、ビートの速度と、狂気の進行段階がリンクしているのです。

蜉蝣「リストカッター」では、この狂気とドラムパターンが1曲のなかでリンクしています。

『蜉蝣COMPLETE<1999-2007>』Trailer [リストカッター]ver.

途切れた数式
何を語る
答えは手首が
教えてくれる
(筆者註:ここまで変則4つ打ち)
(筆者註:ここからヴラストビート)
壊し壊された僕は
いつ
いつ
いつ
いつ
出逢う

追い込み追い込まれた今
後ろの正面はダレだ

変則4つ打ちからヴラストビートに移行し、「僕」の精神状態がより「リストカット」に近づく構成になっています。4つ打ちとヴラストビートは精神状態の段階的変化でつながっていることがわかります。

DIR EN GREY「S」でも、ヴラストビートとのリンクがみえます。「S」には黒いノスタルジアという、「親愛なるDEATH MASK」のPAST, 親愛なる/DEATHMASK/NOSTALGY…(/は改行)を彷彿させる歌詞が登場します。また、彼らはのちに「残-ZAN-」で明らかな「親愛なるDEATHMASK」のオマージュをしていますが、「S」の歌詞の表現は「残-ZAN-」と通じるところがあります。ここでも「狂気の表現としてのヴラストビート&4つ打ち」という関係が垣間見えます。

再度の引用ですが、元記事では日本でこうしたロックとダンスの融合の母体となったのは、メロコアを中心としたパンクシーンだったとありました。メロコアがツタツタ高速ツービートを得意としていることをあわせると、そこから低速化してのダンスビートという流れは、音楽的にも自然なものなのかもしれません。

00年代前半:4つ打ちの流行と「レトロ」化

さて、さらに時代が進むと、ムックが「スイミン」(『赤盤』2001年)で、メリーが「バイオレットハレンチ」(『はいからさんが通る』2002年)や「恋哀交差点」(『モダンギャルド』2004年)で、バロックが「飴玉」(『東京ストリッパー』2002年)や「唄」(『スケベボウイ』2002年)で、速度はバラバラながらも4つ打ちを披露しています。ムックとメリーは蜉蝣とならんで御三家と呼ばれていたバンドでした。また、前述のように、Shiverにはバロックとメリーのメンバーが在籍していました。同世代ではありませんが、シドの代表曲「妄想日記」(2004年)も4つ打ち曲です。

12/11 DIV 「妄想日記」MV Full ver.

(これはカバーバージョン)

彼らはみな、昭和歌謡的なメロディを得意としており、ビートでいうとシャッフルビートも特徴のひとつでした。MERRYの結生が「バイオレットハレンチ」についてドロドロしてるし、一般的にはマニアックと言われる楽曲MERRY【インタビュー】メンバー監修ベスト盤発売!活動10周年の歩みを辿る“白い羊”“黒い羊”の話 | BARKSと言っているとおり、このころになると4つ打ちが怪しさ・レトロさといった情念・感覚表現方法のひとつになっていたことがわかります。

このレトロ感覚はオサレ系と接続するなかで、「フェスロック」に近い軽快なノリにもなっていきました。アンティック-珈琲店-「テケスタ光線」(2005年)はわかりやすい例です。

当時を代表とするバンドがこれだけ4つ打ち曲を発表しているのですから、2000年代前半、ヴィジュアル系4つ打ちは、さまざまな情念をふくむレトロ表現のひとつとして「流行った」といっても差し支えないでしょう。

そして「流行り」時期以降、これまで挙げたバンドたちは、当時の4つ打ち感覚を大きく超えて音楽性を発展させていきました。PIERROTは2000年以降、ヴィジュアル系らしいダークさやサイバー感のある、しかし身体的にダンサブルな4つ打ち曲を多く発表しました。いっぽうDIR EN GREYは同年に、自身が4つ打ちやヴラストビートをやめるにとどまらず、その多大な影響力で、4つ打ちとヴラストビートでなされていた精神表現を、一気にニューメタルの重低音グルーヴで塗り替えました。蜉蝣はもっとロックなサウンドへと変化し、ムックはラウドバンドとして頭角をあらわし、バロックはミクスチャー/シューゲイザーの道をいき、メリーはパンクを軸にレトロ要素を研ぎすませ、シドはラーメンマニアになりました(より広く音楽が届くように音楽を洗練させていきましたの意)

「精神表現」の持つ強さ

日本国内のロック(ただしヴィジュアル系はのぞく)では、ダンスという身体的な要素に、あるいは青空な爽快さに結びついていた4つ打ちビート。それが、ヴィジュアル系では、同じダンスからスタートしながらも、いつの間にかまったく逆のドロドロとした情念が宿る形で普及していったことに業(カルマ)を感じずにはいられません。そして、時期的には日本国内のロック(ただしヴィジュアル系はのぞく)の10年以上まえに出現したわりに、シーン内で4つ打ちが流行ったときにはシーンが沈静化していたためか、完全にガラパゴスななかで流行から衰退までを終えてしまったことにも。さらに、フェスから完全につまはじきにされていたことにも。

さて、当時のヴィジュアル系の4つ打ちは、観客を躍らせるためのものではありませんでした。「フェス」という縛りがなかったからこそ、彼らは容易にべつの道を歩み、それぞれの作品表現に適したビートを見つけることができたのかもしれません。そして、ノリやすさや盛りあげやすさ、ファンサービスと同じくらい、ヴィジュアル系というピーキーかつファンの「救い」になっているジャンルにおいては、「精神表現としての音楽」というのが、やはり強いんだろうな、という気がします。

インディーズ時代、「絶望」や「盲目であるが故の疎外感」といった曲で、たくさんのファンの「救い」になってきたムック。そのボーカリストである逹瑯は、こう語っています。

R指定の音楽で救われてるんです、私を救ってくれた音楽なんですっていうお客さんたちって、離れないから。(『ROCK AND READ 080』、2018年10月)

秘事

令和は、2020年代は、どんなヴィジュアル系がでてくるんでしょう。楽しみです。

蜉蝣COMPLETE<1999-2007>特設サイト

おまけ:10年代以降の4つ打ち曲

まみれた – お邪魔します【MV FULL】

(4つ打ち→シャッフル→三拍子という展開にストーカー歌詞がのるさまは、御三家時代を思い出させる。がむしゃらな低音は聴き手を突き放しますが、ノック音とリズムをリンクさせたノリや○丁目カウントなどのギミックが効いててキャッチー。Tiktokで人気になっただけはある……)

ユナイト(UNiTE.)「マーブル」MV(Full Ver.)

(BPM210。「フェスロック」に近いノリでもあり、かつオサレ系とメタルコアの融合という感じがかっこよいです。彼らはこのあと「funky!!!」というワードでもって踊れる作品『NEW CLASSIC』をつくりました。お顔キレイ……)

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