ヴラストビート(ヴィジュアル系ブラストビート)と境界の破壊:SWARRRMとキズ

敬称略。90年代に活躍し、いままた再評価されているヴィジュアル系バンドMadeth gray’ll。そのギタリストだった泉が、2018年に自身のバンドを「ヴラストビート」と定義しました。(正確には「ヴラストビーツ系」ですが、ここではブラストビートという一般表現にならいます)


(元発言が消えている……? 俺の幻覚だったのか……?)
(読者の方に教えていただきました。消えているというのが幻覚でした)

せっかくの機会なので、このヴラストビートという観点からヴィジュアル系を見直してみようかとおもいます。

ブラストビート=めちゃくちゃ速くドラムを叩く技術

ブラストビートはものすごく平たくいうとスネアとシンバルをそれぞれ片手でめちゃくちゃ速く連打する演奏技術を指します。BPM180超えで16分音符がひとつの基準のようです。

↓わかりやすいブラストビート動画

技術自体は60-70年代のジャズなどにも存在していましたが、それにブラストビートという名をつけたのはNapalm Deathのメンバーといわれています。ブラストビートは、彼らが同じように形づくったジャンルであるグラインドコアを中心に、デスメタルなどの激しいバンドサウンドとともに発展していきました。

ヴラストビートは「狂気」感情に結びついている

それでは、ヴラストビート、すなわちヴィジュアル系ブラストビートとはどのようなものでしょうか?

  • ブラストビートよりもBPMは遅く、120~160くらい
  • 裏拍にスネアが来ることが多い

さきほどの動画でいうと「Slow & Trve」に近いです。

Madeth gray’llでいえば「悪辣ナル「隷」に捧ぐ」などがわかりやすいでしょう。

源流はLUNA SEA「SHADE」で、黒夢「親愛なるデスマスク」が型を完成させたといえるでしょう。

ヴラストビート曲は、俗にツタツタ発狂系ともいわれることもあります。その名のとおり、性急なドラミングは精神的な焦燥感や狂気を表現しており、Dir en grey「残 -ZAN-」はそうした一面が歌詞にもよくあらわれています。狂気的な世界を表現するために、ヴィジュアル面では包帯な血、うねうね動く宙吊りの人間など、猟奇的でグロテスクなイメージがよく利用されます。

ヴラストビートは、ブラストビートにくらべると遅いものの、ヴィジュアル系としてはかなり「速い」です。Kornのダウンチューニング重低音が普及するまえは「激しさ」の表現方法として「速さ」が主流でした。そしてその「速さ」は「狂気」という感情と結びついていたのです。

グラインドコアのブラストビートは攻撃性や肉体性と結びつく

では、ブラストビートの本場グラインドコアでは、ブラストビートはどういったものだったのでしょうか。

グラインドコアは「速い」ジャンルです。高速BPMパートが曲の根幹をなし、さらに、ほとんどの曲が2分とたたずに終わります。Napalm Death「You Suffer」はその局地でしょう。(したがって、ヴラストビートはグラインドコア的な意味では遅すぎる。だから「ヴ」ラストビートなのですが)

その速度は現在、ハードコアとしての側面に、デスメタルやブラックメタルと混じりあったことで、さまざまな意味をもっていますが、基本的には政治的・社会的な面と結びついた攻撃性、あるいは単純に音としての暴力性などにつながっています。(もっとも「You Suffer」は「You suffer but why?」の問いに答えを出すには人生は早すぎるというかなり具体的な意味をもっていますが。元メンバーのジャスティンはギャグだとおもってるらしいけど)

そのなかで、全員ではありませんが、アスリートがごとく「速さ」そして「正確さ」を追及するドラマーもあらわれます。速く正確に叩けることがグラインドコアドラマーとしての格の高さをあらわす……。冒頭のブラストビート動画で、ツーバス、つまりワンバスに比べて足を踏む速度が半分でいいドラミングが「lazy」=怠惰と表現されていたことからも、そうした精神性がうかがえます。

つまり、グラインドコアにおいてブラストビートの「速さ」は肉体的な鍛錬にも結びついています。

ヴラストビートが精神や感情と深く関係するいっぽうで、グラインドコアのブラストビートは現実世界や肉体と結びついている。このふたつには、どうやらBPM以上に大きな違いがあるようです。

ちなみに、グラインドコアにサブジャンルであるゴアグラインドというものがあります。ゴアは「血糊」を意味し、そのとおり、アートワークにグロテスクな表現を使うのが特徴です。ゴアグラインドのほうがはるかにグロいとはいえ、発狂系のヴィジュアルイメージと通じるところがあります。ゴアグラインドがなぜそうした表現をするかはわかりませんが、少なくとも「人間の “”痛み”” を表現する……†」といったコンセプト性は、ほとんどのバンドはもっていないでしょう。

ヴラストビートとグラインドコアは、表現は近く、中身は遠い、そんな関係ということでしょうか。

「感情的」なグラインドコアブラストビート:SWARRRM『こわれはじめる』

もちろん、グラインドコアにも「精神的」「感情的」な作品はあります。ここでは既存のグラインドコア&ブラストビートと異なる存在の象徴として、2018年に発売されたSWARRRM『こわれはじめる』を取りあげます。

SWARRRMのKapo氏は、前作『Flower』発売時のインタビューでグラインドの定義としてこう発言しています。

ブラストビートに拘るということです。僕がグラインドコアに惹かれたのはその部分のみです。僕らが18年間やってきたのはその活用法の模索であったと思います。kultivation: Interview with SWARRRM – Kapo September 2014

またハードコアのサウンドの極北はスピードを超遅くすることや 歪みを超強くしたりといった数値的なものならつまんないなと思ってたとも語っており、アスリート的なブラストビートの追求とは逆行する考えかたをもっていることもわかります。3LA -LongLegsLongArms- / Interview with KAPO (SWARRRM / 2016)

そうした考えがあるからか、『こわれはじめる』は従来のグラインドコアのイメージとは大きく異なる作品になっています。叙情的なコード感を中心としたギターと歌うグロウル。MVも制作された「愛のうた」に顕著な、ときに普遍的な愛の感情が込めれた歌詞。聴き手に強く「感情」を想起させる作りです。

[MV] SWARRRM – 愛のうた (Song for love)

さて、本作でのブラストビートには大きく2種類の意味があります。

ひとつは、バンドの有機的なアンサンブルを構成し、バランスを破壊する意味。

『こわれはじめる』は、各パートの絡みが非常にスリリングです。かっちりあわせるでもなく、好き勝手にやるでもなく、破綻ギリギリのところを呼吸をあわせて攻めているようです。そしてその調整に、ブラストビートが重要な役割を果たしています。ときに展開を破壊し、ときに展開をまとめ、ときにリズムを塗りつぶして無理やりアンサンブルをひとつにし……。これに関しては、Kapo氏も、意識的に悪意的なアンサンブルやアレンジを行っていると語っています。

ふたつめは、感情の爆発装置としての意味。「愛のうた」がわかりやすいですが、いわゆるサビにあたる部分、盛りあがる部分でブラストビートが盛大に使われることが多いです。叙情的な歌詞に込められた感情が、精神世界が、ブラストビートとともに爆発するかのようになっています。

そう、本作のブラストビートは、感情の発露と密接に関係しているという点で、ヴラストビートと共通しています。

実際、本作を「ヴィジュアル系っぽい」という声を複数みかけました。もちろん、これは「自由」のギターリフなど、ブラストビート以外の要因が大きいとおもいますし、ヴラストビートはブラストビートではないのですが、それを考慮しても、ヴィジュアル系の「あの感じ」にヴラストビートという名がつけられた2018年に、ブラストビートの拡張を成し遂げた本作が発売され、それがヴィジュアル系っぽいといわれていることに、私は「つながった」感を強く感じたのです。

ともかく本作は、グラインドコアを、従来の意味とは違う観点、すなわちブラストビートの新しい活用方法という観点でもって、大きく更新した作品です。その根底にあるのは探求心と、そしてどうやら悪意──「お前らの思うようにはやらねーぞ」という悪意であり、それがこのような新しいタイプの作品を作る原動力になっているようです。

ヴラストビートの現状とヴィジュアル系のブラストビート

それでは、当のヴラストビートは現在どうなっているのでしょうか。

ヴラストビートは、Dir en grey「six Ugly」以降のニューメタル化を機に、大きく衰退しました。『鬼葬』収録の「ピンクキラー」とともに葬り去られたといってもいいでしょう。

一方でブラストビート。DELUHI「REVOLVER BLAST」など、00年代にもブラストビートを導入した曲はちらほらありましたが、2010年代に入り、メタルコアが過激化していったことによって、一気に普及しはじめた印象です。そのパイオニアとなったのはNOCTURNAL BLOODLUSTでしょう。

NOCTURNAL BLOODLUST – DESPERATE (PV FULL)

(これはBPM160くらいなのでちょっと遅いですが……)

最近ではQEDDESHETがブラストビートを売り文句にしています。

QEDDESHET – COCYTUS(OFFICIAL VIDEO)

(グラインドコアではないですが…… クリーン入れろとか歌詞わからんとかずっと同じ調子とかDIRのパクリとかいわれててこの手のジャンルの悲しみをすべて背負っている……)

もちろん、ヴィジュアル系に限らず、ブラストビート自体はバンド音楽全体に浸透しており、それ単体でどうこういう代物ではなくなっています。Dragonforceが2006年に「Storming the burning fields」でブラストビートを取り入れた際は「え!!パワーメタルにブラストビートを?!」と大きな話題となったものですが、いまや日本のロックバンドでもブラストビートを取り入れるくらいです。

(ちなみに国内メタルコアのCrossfaithとPay Money To My Pain、そして我らがNOCTURNAL BLOODLUSTの初ブラストビート曲収録アルバムがいずれも2013年なのに同時代性を感じます。発売自体はNOCTURNAL BLOODLUSTが一番早いです)

ヴラストビートを革新したキズ「ステロイド」

そんななか、2010年代のヴラストビートの使い手として注目したいのがキズです。既存シングル曲の「おしまい」と「傷痕」、「ステロイド」は、現代的にアップデートされたヴラストビート曲になっています。(リード曲以外だと「十五」)

なかでも「ステロイド」。

キズ 4th SINGLE「ステロイド」MV FULL

このドラミング。このコード感。このがむしゃら感。この恐ろしく渦巻く感情。そして何よりデデーデ デデーデ……。完全にブラッケンドハードコア群(ブラッケンドクラスト/ダークハードコア/ネオクラストなど)と共通するものをもっています(このあたりはツービート的なノリの有無とか出所とかでまあまあ違うのですが、今回遠方のヴィジュアル系からみた話ということで、その解像度は置いておきます)。そして同時に、ヴィジュアル系でしかない

Rogen

この発展は、かなり納得のいくものでもあります。ヴラストビートの創始者である黒夢の清春がハードコアパンクのひとだったこともあって、もともとヴラストビートは音楽的にはハードコアに近いところにありました(THE PIASSはわかりやすくヴラストビート・ハードコアです)。また、ヴラストビートは冒頭の動画で「Slow&Trve」に近いといいましたが、この「Slow&Trve」はブラックメタルで多用されるブラストビートでもあります。つまり、ブラックメタル+ハードコア=ブラッケンドハードコアになっていってもおかしくはないということです。

とはいえ、それはあとからみて、という話です。ヴラストビートは現在主流ではなくなっており、さらにブラックメタルがヴィジュアル系全体でマイナーなことを考えると、キズの「ステロイド」は現行シーンではかなり特異な曲といえます。さらにいえば、この曲でいえばシュレッディングなブレイクダウン由来のギタープレイがわかりやすいですが、彼らはメロディック・メタルコアとしての側面も持っています。メロディック・メタルコアとブラッケンドハードコア群は、正義の道を歩んだ兄と闇落ちした弟のような関係で、同じルーツを持ちながらも決して交わることのないジャンルという印象があるのですが、それがふつうにひとつになっているのは、なんでも飲み込むヴィジュアル系ならではというとことでしょうか。

そうした音楽的な発展と、血や病院といった従来ヴラストビートと通じる表現をしながら、より個人的な精神世界に入り込んでくるような歌詞とヴィジュアルイメージ──00年代以降のメンタルヘルスな表現をあわせて、キズはただしくヴラストビートを革新したといえるでしょう

キズは境界を破壊するエネルギーを秘めている

さて、国内にLongLegsLongArms、通称3LAというレーベルがあります。このレーベルはブラッケンドハードコアやブラッケンドクラスト、ネオクラストといったジャンルを中心に取り扱っています。

そして、SWARRRM『こわれはじめる』は、3LAレーベルから発売されています。

つ、つ、つ、

つながったーーーーー!!!

(でもさすがにキズとSWARRRMに対バンしてほしいなどと不遜なことはいいません)

ヴィジュアル系に境界を超えるエネルギーは生まれるか?

3LAのオーナー水谷氏はこう語っています。

「ネオクラストはジャンルの境界を越えていく性質」があったことに着目したDarkthroneのFenrizのネオクラスト観はかなり核心を捉えている。クロスオーバー、は2010年代のテーマという説には同意する。ネオクラストに限らず、ブラッケンドも境界を壊したり超えて行こうとするエネルギーに満ちている。逆に言うと、一度境界を超えてしまってスタイルが出来上がってしまうとそのイデオロギーは力を失い次のフロンティアを目指す。今でも90年代のハードコアのレコードが売れ続けるのは人を魅了するエネルギーがそこにあるからだ。それがクラシックの意味だ。ジャンルに囚われてしまうと破壊的なエネルギーは削がれる。既存の価値基準を覆す破壊的なエネルギーの秘密を理解すること、それは音楽に限らずあらゆる方面に対して自らの価値を高める有効な方法を得ることにもなるだろう。3LA -LongLegsLongArms- / (コラム)Fenriz(Darkthrone)解釈から考えるNeocrustの核

ヴィジュアル系そのものの根幹を成したLUNA SEAや黒夢。あるいはヴィジュアル系総Korn化を招き、さらにボーカル表現のトレンドを塗り替えたDIR EN GREY。あるいは「デスコア」という概念を持ち込んだ侵略者NOCTURNAL BLOODLUST。そして「あなたの思うグラインドコアと私の思うグラインドコアは違う」というグラインドコア観によって、ブラストビートの新たな可能性を提示したSWARRRM。彼らはみな、境界を壊すだけのエネルギーを持っていました。

キズの来夢はこういっています。

実は、ヴィジュアル系というジャンルに対しても疑いを持っていて。ヴィジュアル系と言ってもいま、ジャンルとして確立できていないと思うんですよ。共通点は「メイクしたひと」くらいなものです。そろそろヴィジュアル系から派生すべきだと思ってるんですよ。【インタビュー】キズ、来夢を苦しめる8つの誤解(後編)(2ページ目) | BARKS

完全に音楽ジャンルでなくなったヴィジュアル系を、もう一度音楽ジャンルに戻そうという考え。新しく音楽ジャンルを確立しようという志。

これに彼の「僕は疑問を持つことからはじめています。自分に対しても他人に対しても疑いを持ちます」【インタビュー】キズ、来夢を苦しめる8つの誤解(前編)(2ページ目) | BARKSという言葉やインタビューのそのほかの発言もあわせて、彼の考え方に「境界を壊したり超えて行こうとするエネルギー」が満ちていると感じます。

そして、キズが「ステロイド」やそのほかの曲で聴かせている既存のヴィジュアル系を革新するような音楽性と、上昇している人気は、それを実現するだけの潜在力を秘めているとも。

もっとも、LUNA SEAや黒夢規模での、DEZERTの千秋が「大海」と称したような規模での変革の余地が、ヴィジュアル系に残されているかどうかは疑問です。それでも「ステロイド」で私が感じた「新しさ」を、あるいは彼らの音楽にファンが感じた「救い」を、これからより多くのひとびとが受けとっていくようになるのだと、私は確信しています。そしてブラストビートやブラックメタル(ヴラックメタル……)といったヴィジュアル系で開拓中の要素以上に、それを使うアティテュードが、具体的なエネルギー源になるのだろうとも。

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