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THE BODY来日、そして「作者の思想と作品を切り離せるのか」?

THE BODY、まさかのRBMAで来日

先日、東京初上陸となった音楽学校「Red Bull Music Academy」の一環としてTHE BODYが来日した。えっ!?大友良英や冨田勲、初音ミク、サカナクションの山口一郎、ヨシ ホリカワ、池田亮司といった、日本の音楽好きならば一度はその名を目にしたことがあるだろう名だたる音楽家が広告をするようなメジャーイベントに断末魔ドゥームのTHE BODYが!?

今年4月に出た彼らの『I Shall Die Here』が、エレクトロ界期待の新人黒魔術師THE HAXAN CLOAKを迎えたこともあって、メタルリスナーだけでなくエレクトロリスナーからも多大な賛辞を受けたことは記憶に新しい。今回の件はその高評価あってこそのものだろう。

http://www.redbull.com/jp/ja/music/events/1331674481213/back-to-chill-a-rbma-special-with-the-bodyBACK TO CHILL – A RBMA SPECIAL WITH THE BODY

THE BODY「ブレイブアサハラ」

こちらの記事でも書いたが、彼らは「Song of Sarin, The Brave」という曲でオウム真理教のサリン事件を扱っている。brave=勇気という単語を使っていること、Jim JonesCharles Mansonという社会的な事件を引き起こしたカルト団体の中心人物について<they all represent a struggle (闘争の象徴だ)>*1と語っていること、それらに関した曲が<[the songs] had kind of a hope to them(彼らに対する希望のようなものを含んでいる)>*1こと、そしてTHE BODYの二人が人間を嫌い、銃で武装するような性格であることを考えれば、これは当該の事件を称賛していると取ってもいいだろう。

彼らのように実際に起きた凶悪事件を取り扱っているミュージシャンというのは少なくない。以下にいくつか代表的な例を見ていこう。

CHURCH OF MISERY

アルバート・フィッシュなど古今東西の殺人鬼を題材にした曲を演奏する日本のカルトドゥームメタルバンド。このバンドのそうした志向に関しては既に以下の記事で取り上げられている。

http://megalodon.jp/2014-0822-1447-17/yanqueeshoojo.blog.shinobi.jp/music/church%20of%20miserySOFT ブログ Church of Misery

氏はベーシスト三上達人の、該当事件に対する態度に対し<人として、そして人としての倫理を死守するため、やはりこのようなバンドは駆逐し、その作品は焚書坑儒の対象にすべきなのではないだろうか>と厳しい態度を取りながらも、一方で<しかし、それでも、それでも彼らの音楽は素晴らしい>と作品の素晴らしさについても言及している。

引用箇所は孫引きになるが、『ダークサイド・オブ・ザ・ロック』より三上の発言を引用しよう。(とはいえこの本は持ってます)

自分にとってシリアル・キラーっていうのは”非現実的なもの”、”異常な化け物”ってことで、自分の好きな”プロレスラー”、”B級ホラー・ムービー”等と同一線上にあるんです。(中略)人によっては殺人を様式化していたりして、非常に芸術的な美しさがあると思います。(中略)ダーマー裁判ビデオを延々BGV代わりに流しながら焼肉弁当食ってたりして、オレってすげー不謹慎っすね。

そう、彼にとって殺人鬼は”現実”ではない。そして、それは多くの聴き手にとっても同様である。そもそもが現実離れしている猟奇的事件が、数十年以上前に海外で起きたものとあればなおさら身近には感じられないだろう。だからこそ、非道徳的なものに惹かれるひとたちだけでなく、日常生活ではある程度道徳的なひとたちも、彼らを娯楽として消費できるのである。

(余談だが、上述のブログ記事のコメント欄には「議論とかどうでもよくてただ目の前の不快なものを抹殺したいがために、論旨とは全く関係のない人格批判をする人物」が冷静にやり込められている例があるので興味のあるかたはどうぞ)

PIERROT「FREAKS」

日本人にとってより身近な、国内の猟奇事件を扱った曲ももちろん存在する。10月24日に10年の時を経て復活したカルトヴィジュアル系ロックバンドPIERROTの「Freaks」である。歌詞中に直接的な明言はないが、この曲は神戸連続児童殺傷事件事件を筆頭とする、当時話題になった少年・少女犯罪をモチーフとしている。

歌詞を書いたボーカリストのキリトは、三上のようにフィクションとしてこの題材に向き合っているわけではない。むしろノンフィクション的な、批評的な態度で事件に接している。

言ってみりゃあそう、性衝動さ
引き裂いて首を千切ったら昇天
季節を越え 仮説も立てて
真相を知って世間は仰天

「更正」が目的なら 殺すことも出来ないだろ

モザイクに守られながら舌を出すバケモノさ
(PIERROT「FREAKS」、2000年『PRIVATE ENEMY』収録)

これだけだとわかりにくいが、本曲の前奏として位置付けられる「ANALYZE CHAT「FREAKS」」と併せると、加害者である少年が少年法のもとに保護され、あまつさえまるで社会の犠牲者であるかのように扱われることへの批判が込められていることがわかる。また、この後に社会的な規範と自らの欲望のズレに苦しむ少年の心情も綴られている。

この考え方の是非は別として、彼は彼なりに真剣にこの事件とそれに対する社会について考え、作品として提示していることがわかる。同じ猟奇的事件を扱ってはいるが、キリトと三上では、それに対する姿勢が異なることがわかる。

その二者にTHE BODYを加えて、それぞれの態度を世間一般の道徳に照らし合わせた際に、キリトに対して不快感を抱くかどうかは人によって大きく幅があると予想されるが、娯楽として事件を消費している三上や賞賛の念さえ感じるTHE BODYには多くのひとが否定的な感情を持つではないだろうか。

(以下、上記事件のことだったか曖昧で「正しく知ってるかたいたら情報ください」と呼びかけたら正しい情報いただいたので訂正版。ありがとうございました)

余談だが、国内の少年・少女犯罪に対して三上的な態度で接していたのは、おそらく当時まだまだアンダーグラウンドな場所であった2ちゃんねるの一部住民たちであった。佐世保小6女児同級生殺害事件で「加害者の女の子が可愛い」こと、そして「NEVADAと書かれた服を着ていた」ことから彼女を「NEVADAたん」と呼び、二次元化した絵を書いて”萌え”ていた。これは明らかに被害者家族や関係者に対する侮辱だろうし、この事実に怒りを覚えるひとも多いだろう。

キリトは「REBIRTH DAY」(『HEAVEN The Customized Landscape』収録)<モニター越しの悲劇>という言葉を使っている。自分にとってどれだけ身近であるかどうかは、個々人の道徳的感情が発現するかどうかのひとつの基準になるだろう。当時彼女に萌えていた人々にとって、当事件はまさにモニター越しの悲劇でしかなかった。

GNAW THEIR TONGUES

受け手自身にとって近いか遠いかという点で見れば、海外ミュージシャンにとって、日本の殺人犯は我々にとってのアルバート・フィッシュなどと同様非現実的な存在だろう。

THE BODYより以前にも、日本の猟奇事件を題材とした作品を出しているミュージシャンはいた。GNAW THEIR TONGUESである。彼はパリ食人事件で知られる佐川一政や東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件の犯人である宮崎勤を題材とした作品を制作している。

中心人物Moriesの意図は詳しくはわからないが、<Everytime I read something I go “What the fuck?”.>*と語っていることやその音楽性を考える限り、単純にグロテスクなものに美的価値を見出しているだけのように思える。そういう意味では三上氏寄りの立場だろう。

ちなみに佐川一政に関しては、THE ROLLING STONESも曲にしているようだ。

殺人者でミュージシャン

ここまで紹介したミュージシャンたちは、あくまで第三者として各種犯罪事件と接している。そしてもちろん世の中には、殺人者としての経歴を持つミュージシャン、というのも多い。

ミュージシャンとしても犯罪者としても知名度がある例として、ノルウェーのブラックメタルバンドBURZUMの中心人物であるVargが挙げられる。彼はMAYHEMの創始者であるEuronymousを殺した罪などで1994年に21年の服役を科せられている。

とはいえ、既にこの件に関する服役は終了しているし、その経歴を理由に現在の彼のミュージシャンとしての活動まで断罪するのは少々正義と秩序に寄り過ぎた行為だろう。それでもなお、彼の音楽に対価を支払うことは、社会的な意味で歓迎されたものではない。彼は人種差別的な活動を行っているからだ。彼の作品にお金を払うことは、そうした活動の金銭的支援に直結する。

なお、この時期のノルウェーでは、ブラックメタル関係者によるこうした犯罪が少なくなかった。芸術性のあるブラックメタルの先駆者であるEMPERORのドラマーFaustも、1992年の事件で殺人罪他による懲役を科されている。本件に関してはこの本に詳しい。

THE BODYの知名度

GNAW THEIR TOUNGの音楽はノイズドローンであり、一部の限られたマニアが愛でるような類の内容である。『Tsutomu Miyazaki』にしろ、カセットテープのみの流通で当時は入手困難だった(現在はBandcampでデジタル購入可能)

あるいはVargも、そもそもブラックメタルという、一部商業的に成功しているとはいえ、まだまだアンダーグラウンドな音楽ジャンルに属しているし、そのリスナーも世界的に見れば限定されているし、アンダーグラウンド志向な場合が多いだろう。

ここで再度THE BODYの話に戻ろう。絶叫ドゥームを繰り出すTHE BODYは、本来であればGNAW THEIR TOUNGと同様アンダーグラウンドな存在だっただろう。しかしながら、海外の高偏差値系有名レビューサイトPitchforkが2ndアルバム『All the Waters of the Earth Turn to Blood』――まさに「Song of Sarin, The Brave」が収録されている作品で彼らを見初めたことで未来は異なるものとなった。おそらくは当該記事によって得た知名度をきっかけとして、前述した通りTHE HAXAN CLOAKとコラボすることになったのだ。PitchforkやTINY MIX TAPEといった影響力が強いインディ系音楽メディアはこの組み合わせを大々的に取り上げた。その事実と外見的なカジュアルさ、RVGNというレーベル、そしてTHE HAXAN CLOAKの名が免罪符となって、彼らがいくら銃を構えて人間嫌いを謳ってもそれは排他的な要素とはならず、むしろインディミュージックにはない物珍しいものとして娯楽的に受け入れられた。2014年11月現在、この手の音楽が非メタル専門のメディアで70~80点台を得ているというのは、暗い音像のエレクトロニックミュージックが流行っていることを考えてもなお、快挙だと言えるだろう。

そう、犯罪事件を好んで扱う非社会的な彼らは、そうした性格のミュージシャンの中で特別な有名さを持つのだ。その知名度は音楽的な肯定を基盤として、THE HAXAN CLOAKとPitchforkにより、ミュージシャン、ファン問わず肉体的にグロテスクなアートワークや非道徳的な態度が比較的好まれているノイズ、メタル、ハードコアといった枠組みを飛び越え、むしろそうした過激さから離れた位置にさえあるインディ/エレクトロ分野にまで及んでいるのだ。であれば、通常なら上述の倫理問題に直面しないであろうリスナーが、気になったミュージシャンの過去作品を聴くという音楽好きとして自然な行為によって、あるいは私のような下衆な人物の文章によって、その不謹慎さに頭を悩ませる事態になっても何ら不思議ではない。

それでも作者の思想と作品を切りはなせるのか?

以上のことは、彼らが地下鉄オウムサリン事件を扱っているという点で、我々日本人にとってより身近な問題だろう。当該事件に関しては現在も裁判が行われているし、今なお後遺症で苦しんでいる被害者もいる。

http://www.asahi.com/special/matsumoto/kizuato/040225.htmlasahi.com : ニュース特集 4:被害者 サリン、続く後遺症

こうした事件を賛美するような曲を書く人間は、当事者に近いものたちからすれば道徳的・倫理的に間違いなく底辺であり、嫌悪感を抱いてもおかしくない対象である。そして上の記事を読んでなお、件の曲を娯楽的に消費できるリスナーも、同様に社会的道徳が欠如していると言われても仕方がない。

芸術家の性格や行動に対する感情をその作品の評価に反映させるか否か、という議題は良く取り上げられる。その「性格や行動」が「SNSで宣伝しすぎ」、「発言が常に上から目線」程度のものであれば、本件に対して「否!」と答える人は多いだろうし、その方が理知的な印象がある(※この件に関してはこちらの記事でも取り上げている)。しかしながら、上述したような非社会的な人々に対して同様に「否!」と声高に言えるひとは多くないのではないだろうか。そして、「否!」と答えることは、エンターテイメントの前に他者の感情を軽視するという点で快楽的で、むしろ理知から遠ざかるように思える。

私はここで「THE BODYを称賛してるひとは倫理的にアレ」というようなことを言いたいわけではないし、そのことで自身の道徳性を知らしめたいわけでもない。あるいはその逆で「THE BODYのクズっぷりがわかっていてなお聴いてるおれってすげー不謹慎っすね」などと自らのアンダーグラウンドぶりを披露したいわけでもない。単純に、こうした事実を提示することによって、人々がどのように振る舞うのかを知りたいだけである。

おそらくは、各々の価値観で線引きをするのだろう。Twitterで、ブラックメタルに関連したこの話題になった際、思想的にソリがあわない国家社会主義的なブラックメタルバンドは一切聴かないという人もいれば、実際に差別的な活動を行っているバンドの作品のみ買わないという人もいた。冒頭のCHURCH OF MISERYの記事の筆者のように<焚書坑儒の対象にすべき>と強く憤る人もいれば、「思想と作品は関係ない」とあっさり納得する人もいるだろう。何年も答えを出せずに悩む人もいれば、見て見ぬ振りを決め込む人もいるだろう。あるいは、このような記事を罵倒することで何か解決した気になる人もいるかもしれない。

この問題に単純な正解はない。私は本文の中で社会や道徳、倫理などの言葉を、意図的に多用してきた。ではそれらの価値観は一体誰が、どのようにして決めているのか?それを考えれば、自らが引いたその”線”に、果たしてどの程度の意味があるのか、自ずとわかるだろう。

The Body – Interview @ Scion Rock Fest 2011 (Scion AV)

リツイート用

modern_post-metal

ヴィジュアル系が積極的に影響受けて欲しいジャンル、ポストメタル。

前書き

ヴィジュアル系は良く「何でもあり」と評されるジャンルで、幅広い音楽性を含んでいます。しかしながら、ある程度の規模を形成するようなサブジャンルに関しては、メインのファン層である10代女子が好むような若さのある音楽性が強く反映されているのも事実で、世界的に流行ってはいるもののまだ充分に発育していない要素が多く残されています。

そうしたものの中で、このジャンルの大きな流れのひとつであるメタルの観点から、ぜひ取り入れて欲しいジャンルがあります。それはポストメタルです。

ポストメタル?

ポストメタルとは簡単に言うと「空間や音響を重視した感じのメタル」を指します。ネオクラシカルやプログレッシヴの技巧、スラッシュの刻み、デスやブラックの密度、ニューメタルのグルーヴなどの次に現れ、かつポストロックと共通した部分が多いことからポストの名が冠せられました。とはいえポストメタル自体かなり広い音楽性を内包するジャンルで、適当に話を進めるとジャンルおじさんに怒られてしまいますので、今回はその中でも主要な群となっているNEUROSISやISIS (the band) 的なやつをポストメタル属アトモスフェリックスラッジメタル種と定義して話を進めていきます。

アトモスフェリックスラッジメタル?

スラッジメタルとは、ものすごく簡単に言うと、従来の攻撃的なハードコア部分を持ちながらミドルテンポ以下にも強く焦点を当て、歪んだギターをザクザクやりながらウワー!とガナったりする音楽で、MELVINSや、90年代初頭のルイジアナ州のバンド群(CROWBARやEYEHATEGOD)あたりから認められだした形式です。

CROWBAR – “High Rate Extinction” (25th Anniversary Tour)

そのスラッジメタルをアトモスフェリックにしたのがアトモスフェリックスラッジメタルです。基本的な特徴はそのままに、アップテンポパートや喉の上の方で濁らせる高音シャウトで表現されるような外に向いた敵意や、跳ねるドラミングやギターの刻みが作り上げるグルーヴといったマッスルを削ぎ落とし、コード感のある重低音リフと抑揚の効いた単音で抒情的な雰囲気――アトモスフィアを形成することに重きを置きます

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アトモスフィアの例

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マッスルの例

それがなんでヴィジュアル系?

ヴィジュアル系には黒系と白系という分類があります。ここでは厳密な分類としてではなく、いち要素としてその性質を取り上げます。黒系は「お前らカガッテゴォォイィィ!」的MCのやつ、白系はなんかめっちゃナヨくて自分の世界観に浸ってるやつ程度の認識でお願いします。前者はメタル/ハードコアを主体として重さや速さを重要視しており、一方後者はそのセカイカンを現すために空間系エフェクトを多用します。

ここで黒系をスラッジメタル、白系をアトモスフェリックと対応させて考えてみましょう。おやおや、なんとしっくり来ることでしょう!そう、ヴィジュアル系にはポストメタルを形成する基礎となるマッスルとアトモスフィアの両方がすでに備わっているのです!

ISIS

それでは、ポストメタルという言葉に対する印象を決定付けた彼らを紹介しましょう。ISIS(the band)です。

ISIS “20 Minutes/ 40 Years” Official Video

彼らの音楽性は、4つ打ち定速シンバル+単音抒情メロディ(静)~重低音ガナリ(動)+「あのリフ」という簡略されたアイシスラッジ形式として、フォロワーたちに多く利用されました。形式化されているということは、パクリやすいということでもあり、その事実はこれからポストメタルに参入しようという人々にとって有利に働きます。特に歌モノとしての側面が強い『In Absence Of Truth』収録の「Holy Tears」などは、歌謡成分の強いヴィジュアル系というジャンルの良い指標となるでしょう。

ISIS :: HOLY TEARS

※「就活に失敗して絶望した若者が聴く音楽」ではない

また、形式化された音楽を後続がなぞった際に発生する「もういいよ」感は、ヴィジュアル系が、という意外性と、結局は歌モノに収束しがちなその感性が払拭してくれることと信じています。

ISIS :: LIVE IN PARIS 2007

聴いていただければわかるように、いわゆるメタルで要求されることが多い速度や正確さといった技術力よりも、変な音や劇的な展開といった“雰囲気力”が重視されます。上記ライブで演奏されている「False Light」(『Oceanic』収録)のマッスルパートは、ニューメタルの重低音リフばっかりやっていた人間でもさほど苦労せず演奏できそうな単純さです。もちろん、この重低音が持つ意味はニューメタルのそれとは明確に異なるのですが、音楽技術的には大きな差はないでしょう。技術力がそれ単独ではなく最終的な表現へと結び付けられるというのは、メタラーたちからヘタクソとののしられたときに世界観という言葉で反論したいヴィジュアル系にとって嬉しい事柄です。

ちなみにポストメタルはミドルテンポ以下が主で、さらにポワィーンというギターで悦るアンビエント部分があるため尺が長いことも特徴のひとつです。そして長尺曲はヴィジュアル系の得意分野でもあります。プロモーションの関係で曲の長さが忌避されがちなシングルにおいて、パッと思いつくだけで下記のような曲たちがありました。10分以上も狂気のピアノソロが続くX JAPANの「ART OF LIFE」、その年に出たシングルの中で最も長尺だったDIR EN GREY「アクロの丘」、そしてヴィジュアル歌謡ジャパパンク総決算MERRY「激声」……。そろそろ70分1曲2枚組みあたりが待ち望まれるところです。

ISIS Grinning Mouths Live

公式アカウント動画の再生数少なすぎなのでもっと貼っておきますね。アリガトウトウキョウ。

ISIS Celestial 08.26.2001 from “Clearing The Eye” DVD

ズッズッズッズッチャカチャッチャカチャッ イェーイェーウォーウォー

HEAVEN IN HER ARMS

本当はポストメタルではありませんし(でもアトモスフェリックスラッジなら許されそう)、国産激情ハードコアバンドあるいは最近固まりつつある概念であるブラッケンドハードコアバンドなどと紹介したほうが良く、さらにヴィジュアル系と並べたり何かしらのジャンルに入れたりすると一部ファンの方々の怒号ゲージが一気にマックスまで上り詰めそうなので恐ろしいのですが、ともかくもうひとくみ、日本のこの分野において人気実力ともに随一の、このバンドを紹介しておきましょう。以下の彼らのセカンドフルアルバムの情報を見てもらえればここで取り上げる理由がわかっていただけるかと思います。

『幻月』
1. 46×
2. 臨界の追憶
3. 罹病は白い柘榴
4. 翡翠葛
5. 反響した冷たい手首
6. ハルシオン
7. 螺旋形而蝶
8. 真理

ね、ブルっちまうほどヴィジュヴィジュしいでしょう?ネオヴィジュアル系の筆頭the GazettEの「黒く澄んだ空と残骸と片翅」なんかを混ぜても一瞬バレない程度にはヴィジュヴィジュしいでしょう?言葉選びのセンスに関してはその筋のヴィジュアル系バンド有象無象と比べてかなり高いことを差し引いても、やはりここにヴィジュアル心を感じ取らずにはいられないでしょう?

楽曲もその黒々しい言葉たちに見合ったものになっています。コード感のある重低音リフと抑揚の効いた単音で焦燥感のある重苦しい雰囲気――アトモスフィアを形成する……ってそれポストメタルと似てる!そういうわけでISISと彼らの差を明確に感じ取れるようになればもうアトモスフェリックスラッジセンサーは十二分に会得したと言えるでしょう。

Heaven in her Arms – Butterfly in Right Helicoid

幻月 (CD)

ともかく、言葉だけでなく曲も、ボーカルの絶叫を除けばヴィジュアル系バンドが演奏しても何ら齟齬を起こさないものとなっていることがわかっていただけますでしょうか。4分30秒ごろからのジャリジャリギタートレモロによるお耽美メロディ+4つ打ちシンバルツーバスドコドコときどきツタツタ疾走なんか今すぐにでもパクれる!語りがあるところもソレっぽい!

Heaven in her Arms – Moon Get Distorted By The Cornea

君と二人で、また……また……あの丘で……(ここで美麗なギターソロが入る)

ポストメタルっぽいヴィジュアル系

今度は「ポストメタルっぽいヴィジュアル系」を軽く紹介していきましょう。

L’Arc~en~Ciel「浸食 ~lose control~」

以前「ヴィジュアル系ポストメタルください」とツーイッタで発言した際に出てきた曲ですが、なんだこれもうヴィジュアル系ポストメタル完成してんじゃねえかってくらいです。アトモスフェリックテロリロリン→デッ! デッ! デ-テ-゙デ!の流れはまさしくソレですし、刻みもISISっぽいですし、白系の元祖と呼ばれることもある彼らがその持ち味を発揮した演奏から黒系っぽい激しさを持つリフに移行するところなんかは本稿の前書きと合致します。

ムック「輝く世界」

彼らの鈍足曲はどれもスラッジメタルっぽいのですが、その中でもひときわアトモスフェリックスラッジくさいのがこの曲です。サビのあとの「デデッ デデッ デデッ デッデー」に非常にアイシスを感じます。

また、「志恩」などはNEUROSISのあの名盤『Through Silver in Blood』を彷彿させるズンドコ民族ヘヴィ具合なのであわせて紹介しておきます。

the GazettE

上記2バンドはもう二度とこのような曲をやらないことがほぼ決定付けられているのですが、現在絶賛進行中でこのジャンルに最も近いところにいるのが、the GazzetEです。えっ!?昨年の超名作『BEAUTIFUL DEFORMITY』で「ビョ-ビョッビョビョビョwwwビョッビョッピョ—–↑↑wwww」とあんまりもあんまりなEBMの取り込みをするチャラさと(「MALFORMED BOX」~「BEAUTIFUL DEFORMITY」)13年も経ってもなお初期SLIPKNOTリスペクトな曲(「黒く澄んだ空と残骸と片翅」)を演奏したりする進展のなさを披露した彼らがポストメタル!?と思われるかもしれません。しかしながら、当該作のシメである「TO DAZZLING DARKNESS」~「CODA」で見せるズンドコドラムと情感溢れる重低音はまさしくポストメタルのソレなのです。

彼らのこうした側面は、メジャーデビュー作『STACKED RUBBISH』収録のムック感ある超名曲「千鶴」で開花したもので、当時から事あるごとに「お願いだからポストメタルに寄ってください」と言ってはいるのですが、ニューメタル&清春リスペクト(『TOXIC』、『DIVISION』)をしたりAre you motherfuckers ready?(「DEVOURING ONE ANOTHER」)したりで声は途切れ景色は色を失くしていくばかりです。(結局ポストメタルをやることはないという結末)

DIR EN GREY「Lotus」

DUM SPIRO SPERO (CD)

とはいえもちろん、しばしばthe GazettEの元ネタとされる彼らもポストメタル的側面はもっていますし、実際にISISなどに影響を受けていてもおかしくはないです。しかしながらその展開やリフの刻みはポストメタルというよりも、本人たちが聴いていると公言している元プログレッシヴデスメタルバンドOPETHに近いものがあります。さらに「DIFFERENT SENSE」や「SUSTAIN THE UNTRUTH」、ウェーブした髪でギターソロを引きまくり氏のことを考えると、しばらくはDEATHSPELL OMEGA的アヴァンギャルドさやMESHUGGAH的マスさ、OPETH的プログレッシヴさを主とするのだろうという予感がします。

DIR EN GREY – SUSTAIN THE UNTRUTH (Promotion Edit Ver.) (CLIP)

「叫んでばっかりで歌詞が聞き取れません」

日本のそこそこ売れる音楽の中ではかなり早い時期からシャウトを積極的に使っていたヴィジュアル系ですが、なぜかミドルテンポ以下になるととたんに叫ばなくなります。先に紹介した曲でも基本骨格中に叫びを取り入れているのは「志恩」くらいです。ポストメタルはガナり声がひとつの特徴なので、上述したような曲たちを参考にハードコアな叫びをのせればかなり近づいていくのではないでしょうか。ファンが歌詞を重視する分野なため「叫んでばっかりで歌詞が聞き取れません」みたいなことを言ってくるひともいるかとおもいますが、そういうひとはそもそも対象外なので無視しておきましょう。

来たれVisual-keic Post-Metal

ヴィジュアル系にもメジャーどころで既にポストメタルっぽい作品はありますし、アトモスフェリックという要素は今年大きな話題となったsukekiyoが聴かせたものでもあります。だからこそこの記事を書いたわけですが、とはいえ明確に当ジャンルに影響を受けたと思わしきバンドは出てきていません(すでにやってるひとたちがいたらぜひ教えてください)。そもそも日本でポストメタルをやってるひとたちがまず数えるほどしかいないだろうのにヴィジュアル系がやっている可能性は低いんですが、逆に言えばそうなったらすげえおもしろいじゃないんでしょうか。

というわけでこれを読んでポストメタルに興味が出てきた非ポストメタルファンのヴィジュアル系バンドメンの方々やそれを志している面々は、音楽サイトGrumble Monsterの下記記事を読んでその重厚かつ芸術的な世界に浸ってみてください。そしてできることならばそれを自身のバンド活動に反映させてください。当サイトでは全力で応援していきますし、ヴィジュアル系にも好意的な先方も取り上げてくれるとおもいます。

http://grumblemonster.com/column/postmetal/個人的ポストメタル探求 ~重厚かつ芸術的な世界~ : Grumble Monster

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