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NOCTURNAL BLOODLUST『DESPERATE』に見る彼らの戦略性の高さ

激ロック界からヴィジュアル界への華麗なる転身

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ヴィジュアル系になるまえのNOCTURNAL BLOODLUST(激ロックFES 東京公演出演!NOCTURNAL BLOODLUST | 激ロック ニュース

各所で言われている通り、彼らは2010年ごろまで非ヴィジュアル系のデスコアバンドとして活動していた。当時、HEAVEN SHALL BURNが出演したBLOODAXE FESTやDEATHTRAGEの初来日となった激ロックフェスに出演している*1。国内では自らの主催イベントでHER NAME IN BLOODやFear,and Loathing,In Las Vegasといった面々と共演しており、激ロック系バンドとしては順調だったように思える

そんな彼らがどうしてガッツリメイクのヴィジュアル系バンドになったのか、正確なところは本人たちにしかわからない。ただ、<NOCTURNAL BLOODLUSTは、ただ「楽しいから」「それをやりたいから」という短絡的な考え方で進んでいるバンドではなく、「この動きをこう作ることで、こう広がりを作っていける」など、しっかり計画を練ったうえですべての物事を進めているので>*2という発言から察するに、彼らはかなり戦略的にバンド活動を行っているようだ。であれば、激ロックバンドを続けるよりも、ヴィジュアル系バンドとなったほうが最終的に彼らの目指しているところに近づけるという考えがあったのだろう

その考えには“売れるため”という点は含まれているだろう。そして、もちろんそれだけではない。メンバー全員の<ルーツの一画にヴィジュアル系がある>*3ようで、インタビューを読む限りではヴィジュアル系という表現形態に可能性を見出した末の変化のようだ。もっとも、我々はそういうことを言っていたバンドが脱ヴィジュアルした例を哀しいほどにたくさん知っているのだが……。

ヴィジュアル系初のデスコア?

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ヴィジュアル系になったあとのNOCTURNAL BLOODLUST(NOCTURNAL BLOODLUST|INTERVIEW|V-SHELF

上述のような経歴を考えれば、彼らは間違いなくヴィジュアル系デスコアバンドと呼べるだろうし、多くの場合その点は強調されて語られている。そしてその“デスコア”という言葉には、単なるジャンルとしての他に、速弾きやブラスト、ガテラルといった技術面がヘタクソだと言われがちなヴィジュアル系外から来た確かなものであるという意味も含まれていることが多い。確かにヴィジュアル系の中でデスコア的な曲をやってるバンドは私が知っている限りいないし、演奏もこのジャンルの中で特に秀でているほうだろう。ライブでの評判も良いようだ。とはいえ、実のところ彼らのデスコア的側面とそれを支える技術力は、現在のこの界隈では「外から突然持ち込まれた」というほど突飛なものではない

DIR EN GREYが2002年の『Child pray』『six Ugly』、そして2003年の『VULGAR』で見せたヴィジュアル系モダンヘヴィネスは、ネオヴィジュアル界の新星ガゼットによってネオ以降のチャラさで以って解釈され界隈の主流となった。重低音を重視したこれらのバンドは、後に一つのジャンルとして確立する正統派メタルと言われるバンド群に比べると、メタル的な意味での技術力に劣っていることが多かった。

そこに技術の向上をもたらしたのがメタルコア化である。2000年代後半になると海外のメタルフェスの影響を受けたDIRを発端として、完全なディルフォロワーだったSADIEやSLIPKNOTの影響が濃かったDEATHGAZE、その初代ボーカルである葉月が在籍するlynch.といったバンドが叙情メタルコアをやり始め、その音楽性はモダンヘヴィネスに代わるほどの勢いでヴィジュアル界に拡がった。モダンヘヴィネスよりもメタル的なメタルコアをやるにあたって、別途活動的だった正統派メタルバンドたちとともに、彼らもまたメタル的技術力を高めていった。

さて、元来暗さや激しさを求める傾向にあるこの界隈で、ニューメタルやメタルコアを攻撃的にしていくという発想は、海外メタルの歴史を参照してもなお不自然ではない。ニューメタル→メタルコアという音楽的変遷を辿ったこの界隈はいずれデスコアに流れていっただろう。

また、近年DIRの京によってボイスパフォーマンスは普及している。ホイッスルからガテラルまで披露する彼に憧れるバンドマンは多く、活動休止中だがllll-Ligro-などは少なくとも音源上ではレベルが高かった。

であれば、ヴィジュアル系は既にNOCTURNAL BLOODLUST的な要素を十分に孕んでいたと言える。にもかかわらず、彼らのヴィジュアル系に対する姿勢が本物であるにしろ、ヴィジュアル系プロパーのバンドではなく編入生である彼らが“デスコア”と呼ばれる音楽をやり始めたことに、ひとりのヴィジュアル系好きとして少々複雑な想いではある。

……

それでは作品の説明に移ろう。

#1「scarlet」~#2「DESPERATE」

激しさと(中略)サビ

オルゴールが鳴る陰鬱な小曲を経て、グロウルと重低音とブラスト(と言っていいのかギリギリのテンポだが)とテロテロギターという、彼らの持ちうる攻撃的な要素をすべてを詰め込んだかのような幕開けからデスシンフォニックの渦になだれ込んでいく。ハッキリ言って無茶苦茶である。無茶苦茶であるが、それでいい。なぜなら“デスコア”だから。すなわちこれはFLESHGOD APOCALYPSEメソッドである。

さて、こうした怒涛の演奏からサビでエモく歌い上げるというのは、1曲の中に激しさとメロさを同期させ、その対比によってそれぞれの魅力も惹きたてる有名な手法だ。海外メタルコアから脈々と受け継がれ、日本のヴィジュアル界でもファンが若干飽きるくらいに流行している。

しかし彼らはその構造を単純には利用しない。サビに入って最初に出てくるのはブラストとスクリーモで、その後にエモい歌が入ってくる。それまでのパートと比べてサビ全体としても開放感がありエモーショナルになっているが、そのサビの中でも激しさとエモさの対比が成り立っている。つまり、対比の入れ子構造になっているのだ。

入れ子、というのがポイントである。グロウル→スクリーモ→歌と、ボーカルが段階的に開放感を増していくだけではない。サビにおいてスクリーモと歌を交互に繰り返すことでサビを“サビ”として強固にし、段階的な変化以上に、メロとサビという単純な2項対比構造もしっかりと保持しているのである。そのことによって、奥行きと落差の両方を演出しているのだ。

その後ギターソロなどがあってからまたサビに入るが、サビ単体でも対比として成り立っているため、こうして曲の最後のキメとして単独で配置されても激しさとエモさの両立という意味での威力は充分に発揮される。

ライブ仕様

個人的に非常に感心したのが、おそらく意図的に作られているだろうこの曲のライブ適性の高さである

まず、各メンバーの見せ場がしっかり作られていること。ヴィジュアル系のファンはほぼ必ずお気に入りのメンバーを持っている。メンバー各自の見せ場があるということは、ファン全員を歓喜させるという意味で必須とも言えるのだ。

次はファンが盛り上がれるような配慮だ。冒頭のブラストは頭を振るにも最前柵で体ごと振るにも丁度よいテンポだ。ヘドバンに一家言あるバンギャル歓喜だろう。

コーラスが多めなのも素晴らしい。映像ではボーカルが指揮者のように振る舞っているが、コーラスやコール&レスポンスは、こうしたパフォーマンスを行うボーカルを中心に全体が一体となるようにされるのだとすればさらに、絶対に楽しい。音源にしても、これらの要素は“怒涛”の一端として機能しており、無理にライブを意識したような違和感がないのも素敵だ。

「全通」=ツアーライブ全てに参加することが誇らしげに語られるこの界隈で、ライブは非常に重要な要素だ。この曲以外にも見られる“ライブ仕様”は、彼らが戦略的であることを示すひとつの例となるだろう。

シンフォニック要素

この曲のもうひとつの大きな特徴がゴシック/シンフォニック要素である。X JAPANの系譜にある本格派パワーメタル勢ではよく見られるもので“ヴィジュアル系”のイメージにも合致するものだが、ここまで大々的な曲はメタルコア系バンドでは珍しい。そうした作風はどちらかというと近年の妖精帝国などの同人系メタルに取られている感がある。

ヴィジュアル系がゴシカルな雰囲気を強化しようとシンフォ演奏を取り入れた際の欠点として、ライブでバンドマンだけでは再現できなくなることが挙げられる。彼らのような中堅以下のバンドにとってライブは知名度を上げる重要な場だ。メンバーひとりひとりの存在意義が大きいこの界隈では、そうした場でバンドメンバー以外の演奏が目立ちすぎるのはプラスには働かないだろう。

ただ、本曲に関してはこの点は心配いらない。それは前述したライブ仕様のためだ。ライブ向けにカスタマイズされた部品と構成はメンバー以外の演奏を覆うだけの熱中を呼ぶだろう(ついでに指揮パフォーマンスによってシンフォ要素はボーカルの演奏という意味も帯びる)。

1stフルアルバム『GLIMORE』を聴いてもわかる通り、シンフォ/ゴシック要素は彼らの主軸というわけではない。ただ、個人的にはシンフォ/ゴシックメタルコアはすげえ好きなのでどんどんやってどんどん後続に影響を与えて欲しい。技術の進化でライブや音源にシンフォ要素を取り込むのも容易になっているはずだろうし(あと、こういうバンド知っていたらぜひ教えてください)。

とにもかくにも、この「DESPERATE」は、その鮮烈さと“デスコア”という新たなラベルによって、今後フォロワーをたくさん生み出していくだろうことが予想される名曲である。

#2「Liberation」

チャラサーのノブ

「DESPERATE」は上に挙げたような点でやはりヴィジュアル系の曲なんだなあ、という感じでもあるが、ミュージックビデオの血塗れメイクやサウンドの激しさから“激しくて強い音楽”と言う意味での“デスコア”として解釈されるだろう。それは普段あまりヴィジュアル系を聴かないような「ディルだけは認める」ような若干ヴィジュアル系や若手音楽に理解を示すメタル/ハードコアリスナーの耳も惹くことになる。そのリスナーの夢と希望を粉々に打ち砕くのがこの曲である

イントロはいい。多少チャラいものの、ちゃんとメタルコアしている。問題はボーカルの入りである。

NB「デッテッテ!!」
ぼく「?」
NB「見せてやるぜ、俺のイッキ(イケボ」
ぼく「!?」
NB「飲ーんで飲ーんで飲んでwwww飲ーんで飲ーんで飲んでwwwwwww」
ぼく「!!???!??」

正直笑ったし、混乱したし、歓喜した。1曲目のコアな印象とは真逆の、アニソン感すらある爽やかでチャラいハードコアである。もう硬派なメタラー大激怒必至&フォロワー離散。

とはいえ、曲調こそ変わっているものの、彼らの優れた曲構成力やライブへの配慮はしっかりと発揮されている。「DESPERATE」とこの曲の共存は、彼らの<メタルを聴いたことのない人たちにもNOCTURNAL BLOODLUST聴いてもらいたい。そのためにある意味ジャンルレスなヴィジュアル系っていうフィールドを選んだ>*4という言葉が真であることを我々に示す。本物だった!本物だった!本物だった!!激ロック界からヴィジュアル界に移った心意気を我々に改めて感じさせるとともに、そのフットワークの軽さはアルバムへの期待へとも繋がる。そして一方ではもちろん、メジャーデビューして棘のないアニソンご用達バンドになってしまう危険性も予感させるのだが。

さて、彼らに対しては「怖そう」というイメージを持ち、さらにはそれによってライブを避けているひとたちがいるようだ*2。ファン層が10代女子中心であるが故の特殊な事情だなあ、という感じだが、「DESPERATE」はその怖さを存分に発揮した曲であった。とすればある層をライブから遠ざけるその印象を拭うという意図も、この曲にはあるのだろう。であれば、彼らの戦略性の高さがまたしても伺える。

とにかく注目株

元デスコアバンドとしてヴィジュアル界に殴り込んだ『GLIMORE』、そしてそのメタル的な地力を知らしめた傑作「DESPERATE」。否が応にも次のアルバムへの期待が高まっている。シングルを多発している彼らで、「たくさんシングル出してまとめました」的アルバムはインディーズヴィジュアル系の常套手段だが、そんな安易なことはしないだろう。バンギャもメタラーも国内も海外も驚かせるような強烈で戦略的な作品をぜひ作って欲しい。自らを表現する手段としてヴィジュアル系を選び、そしてそこに自由な表現形態を感じている彼らに対して、ひとりのヴィジュアル系好きとして、そう切に願う。

ちなみにリードギターのCazqui氏はNARASAKI氏を尊敬しているらしいので次はシューゲ要素、どうっすか。

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