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sukekiyo『IMMORTALIS』:バンドである意味とソロプロジェクトである意味

sukekiyo_immortalis

sukekiyoという“バンド”

大物バンドのカリスマフロントマンによるソロプロジェクトという名目に反して、メンバーそれぞれの力が見事に発揮された、非常にバンド然とした作品だ

<ラストのイメージ>*1)である#1「elisabeth addict」からSEの#2「destrudo」を経て、再び迎えるオープニングの#3「latoya」からそれは顕著に伺える。美しいクリーンやカッティングで魅せるスマートなUTAの演奏とそれを喰らうようにギュンギュンと唸る匠のディストーションギター、オクターブを行き来しながらリフの役割をも担うYUCHIのベース、細かなタムと揺れでリズムを超えて劇的に曲を展開させる未架のドラム、そして力強く艶やかな声で曲の彩りをまとめ上げる京の歌。メンバーそれぞれがそれぞれの役割を、強烈な存在感を持って果たす。この曲だけでも楽器陣が単にカリスマの世界観に従う以上の仕事をしているのは明らかだ。こうした構造は、その立ち位置や表現方法は多少異なるにしろ、ほぼ全ての曲で共通しており、それがsukekiyoというバンドの統一性を担っていると言える。(分離の良い音作りがこうした側面を強調している。音数は多い方だと思うのだが、メリハリが効いていて各パートが非常にはっきりと把握できる)

作品制作に関して京は<とにかく自由にやってもらって。いいところを引き出して、そこに自分の感覚を足していくというやり方ですよね。><僕がやったのはトータルバランスを取るくらいなんですよ。>*2)と述べており、おそらく謙遜は混じっているだろうにしろ、他のメンバーも作曲作業に大きく関わっていることがわかる。一般論として曲作りに特に貢献すると考えられるギターの二人は<敢えてお互い好きな時に好きギターのところを好きなだけ作業して、曲のセッション・データをやり取りする方法>*3)を取っていたようだ。確かに各々、曲によって楽器を変えながらも、ギターヒーローばりに自らの技術を駆使して弾きまくっている。こう聞くと「顔を突き合わせて作業しないから生々しさに欠けて散漫になる」というデジタル時代を憂う最もらしい意見が出て来そうだが、前述の方法はどうすればsukekiyoの最初の構想である<ないものを作ること>*4)に沿うことができるのかあれこれ試した末の結論であることは留意しておきたい。二人でギターフレーズを考えるという通常のやり方からあえて外すことは、確かにsukekiyoの理念に通じるものがある。そして本作がまとう雰囲気やその一貫性を聴けば、それは正解だったと言える。

京のもとに集った彼ら

メンバーの自由にやらせるという方法を取っているにも関わらず、作品にチグハぐな印象を受けないのは、やはり京の存在があるからだ<その引率役が京さんで、みんなの力を強烈に引き出してくれるんです。>*5)と言う匠の発言は、京の単純なトータルプロデュース能力の高さを示しているし、彼の人間性と影響力が彼らの士気にも繋がっていると言えるだろう。さらに言えば、メンバーを選ぶところから既に京の優れたプロデュース能力が発揮されていたと言えるほどに彼の世界観を重んじ理解しうると思われる面々を集めている。

DIR EN GREYのマニピュレーターとして、そして極初期の構想段階から京とsukekiyoに接して来た匠は、京の言葉の意味やその裏にある音楽イメージを的確に掴めるに違いない。

そんな匠と同じRENTRER EN SOIに在籍していたのが未架だ。当該バンドは当時DIR EN GREYと同じFREE WILLに所属しており、某氏によると後半ディル化していたらしい。彼は京を<世界で最も尊敬するアーティスト>*6)と言っており、当然その意図や世界観に対して真摯に向き合ったことだろう。その中で、映像ディレクターとしての経歴が、京の映画好きと親和して、作品の視覚的観点を深めていったとしてもおかしくない。

また、元メンバーの存在はバンド内での情報の伝達を円滑にし、ほど良い緊張感の緩和やあるいは対抗心を与えうるという点で良い方向に働いた可能性は高い。

さて、個人的にsukekiyoの世界観に大きく貢献していると考えているのがUTAだ。京自身が<音源を聴いたら自分が求めている世界観や作曲能力に近くて。>*1)と語っている通り、UTAがやっていた9GOATS BLACK OUTはかなりsukekiyoに近い感触を持っていた。


この曲やっぱ最高っすね……

彼は彼で<曲を聴かせてもらった瞬間、やるしかないと思いましたね。>*4)と言っている。匠曰く彼は<性格も含めて僕とは全く違うタイプのセンスがある人>*3)とのことだが、なるほど、京の側で彼の感性を理解してきた人物と、直接の関わりなく同じ音楽観を抱くに至った人物で、別の方向からひとつの世界観に向かうというこのギタリスト編成は、sukekiyoの強い個性と統一感に大きく貢献していることだろう。

匠の次にメンバーとして加わった(*5)kannivalismのYUCHIに関しては筆者不勉強のためあまり詳しくないので補足を熱望する。ただ、後期kannivalismが本作に通じるスケール感のある曲をやっていたことは確かだ。何にせよ、演奏を聴く限りでは、彼の参加は神懸かり的な予定調和だったと言わざるを得ない。


この曲やっぱ最高っすね……

sukekiyoがsukekiyoである意味

オルタナロック、メタル、プログレッシヴ、歌謡、民族音楽、映画音楽など、本作には色々な要素が見て取れるが、正直に言えば、それらの組み合わせ自体はそれほど珍しいものではない。パッとおもいついたのはNEUROSISが『A Sun That Never Sets』でやって以降大きな流れとして存在する歌ものポストメタルだが、それ以前でもプログレッシヴ界隈で探せば似た要素を持つ作品は出てくるだろう。

もちろん、私はそれをもってsukekiyoの没個性を指摘したいわけではない。むしろ、そうした見方をしてもなお、京の感性とメンバー全員の個によってsukekiyoがsukekiyoとして確立していることを強調したいのだ。譜面的に分析できる“ジャンル”の足し合わせで表せない魅力が彼らにはあるのだ。

京という強い魅力を放つ人物に共鳴した人物たちが、各々がこれまでに血肉としてきたものを存分に発揮しながらも、やはり京という大きな力に導かれながらひとつの世界を描いていく。京のソロプロジェクトでなければ生まれなかった音楽であり、京のソロプロジェクトというだけでは生まれなかったバンド、sukekiyoの『IMMORTALIS』は、数あるこの手のバンドの中でも群を抜いた“意味”を感じる作品であった

余談

そういえば\「aftermath」の映像\はiTunesで販売されている。こうやって映像作品を売ってるアーティストって多くないんじゃないかな。視聴者としては公式Youtubeチャンネルで無料でフルで見れるのがもちろん一番ありがたいんだけど、わざわざ初回限定盤を買ったりPV集の発売を待ったりしなくても公式に手に入れられる環境にあるってのは素敵なので歓迎したい。ビデオジョッキーがメンバーにいるバンドだったら、全曲映像作品で配信してもおもしろいんじゃないかな。

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