astronoid_stargazer

ASTRONOID『Stargazer』:卒業論文です

1. 緒論

みなさんは音楽が好きだろうか。

私は好きだ。

ASTRONOIDの『Stargazer』。本作を聴いて改めてそう確信した。そしてこう誓った。メタルの中でも闇の属性が強い音楽を好むものによくありがちな、「音楽が好きだ」と率直に発言するのを恥とし、「IラブMUSIC」的姿勢を敵視し、「最近映画を良く見てる」「音楽なんてひまつぶし」「〇〇は終わった」などとニヒルな中学生思想にまみれながらも、そのくせ音楽から離れられないコジラセ系アングラメタラーには決してならないと。

ド直球にもう一度いう。私は音楽が好きだ。そしてこの作品が好きだ。

いや、私とて10代でヴィジュアル系の啓示を受けてCageの中の虜(実際はピエラー)になってから今までずっと音楽を第一に生きてきたのだ。だからこそ、この作品が大多数のリスナーにとってダサいってことはよく理解できる。その辺りは、そもそもアストロノイドのスターゲイザーっていう時点で多くのかたに「あっ(笑)」と察してもらえるだろう。それでも私は声を大にして言いたい。これ、最高にかっこいい。ダサかっこいいとかじゃなく、ただかっこいい。

これほどまでに自分の音楽観とあった作品に、人生で一体何度出会えるのだろうか。そんな貴重な機会を得たため、以下になぜこの作品の概要と、なぜこの作品がこれほどまでに私の心を捉えるかを記していく。

2. バンドおよび作品概要

2.1. ASTRONOIDとは

ASTRONOIDはBrett Boland、Daniel Schwartz、Casey Aylward、Matt St. Jean、Mike DeMelliaの5人からなるマサチューセッツ州の5人組メタルバンドである。2012年に結成された若いバンドだ。音楽的な特徴を簡単に並べると、感情のこもったトレモロと浮遊感のあるボーカル、そして高速ドラムビートと言ったところで、既存の言葉で端的に表すとポストブラックメタルとかシューゲイザーブラックとか、そういうものになるだろう。そのシューゲイザー的特徴についてはFacebookの情報欄に「Astronoid is a Shoegaze metal band from Groveland Massachusetts.」と記されているように、本人たちも認めるところである。そして、本人たちは自称してはいないものの、ブラックメタル――特にポストブラックメタルの影響下にあることは、「影響を受けたもの」にALCESTを真っ先に挙げていることから間違いないと言えるだろう。

2013年7月19日にニューヨークのブルックリンで初めてのライブを行ったあと、定期的にライブ活動を行っている様子。Facebookを見る限り、昨年『Sky Swallower』が話題となった新進気鋭のアトモスフェリックブラックメタルバンドVATTNET VISKARと親交が深いようで、INTRONAUTとともに行われた彼らのツアーのメンバーとしてASTRONOIDのBrettが参加しているようだ。そういう意味でも、やはり彼らはポストブラックメタルシーン、ないしポストメタルシーンのなかにいると言える。

現在確認できる彼らの作品は『Novemver EP』(でも発売されたのは5月)、MY BLOODY VALENTINE「Only Sharrow」のカバー(こっちは11月に発売)、そして本作『Stargazer』である。

2.2. メンバー

(1) Brett Boland

ASTRONOIDの中心人物(※)。マルチプレイヤーだが、一番演奏歴が長いのはドラムのようだ。マサチューセッツローウェル大学の音楽録音技術プログラムを卒業し、現在はGame Creek Videoというモバイルテレビの製造販売会社(?)で働いている。また、Universal Noise Storageという録音スタジオのスタッフでもあるようだ。
※Bandcampページの「Written and Performed by Brett Boland」という記述から

(2) Daniel Schwartz

ベーシスト。Brettとともに本作のマスタリングとミックスを手がけている。また、Fender Rhodesというエレクトリックピアノも演奏している。

(3) Casey Aylward

ギターボーカル(Twitterに「Guitar and vocals for Astronoid」と記述あり)。本作ではソロを演奏している。HETFIELD & HETFIELDというなかなかかっこいいマスっぽいハードコアバンドのほか、ソロでも活動中。

(4) Matt St. Jean

Facebookのメンバー欄に記載があるものの、クレジットがないため何をやっているか不明。おそらくライブ時のメンバーだろう。バークリー音楽大学卒業後、appleで働いたりしている。すごいなそれ。

(5) Mike DeMellia

ギタリスト。FEELS LIKE HOMEというエモいパンクバンドでも活動中。本作にはクレジットなし。

2.3. 『Stargazer』

本作『Stargazer』はBandcampに「This is a concept album.」との記述があるとおりコンセプト作品である。「Stargazer」=“星を見つめし者”という壮大なコンセプトは、ASTRONOIDという宇宙規模のバンド名が持つ彼らの作品に相応しい題材だろう。

とはいえその作品自体は2曲の小曲を含む4曲と、コンパクトに収まっている。そしてそのことは、宇宙規模である壮大なテーマが異常な密度でもってたった4曲に収まっていることを示している。

本作発売にあたり、彼らはKhrysanthoneyというポストブラックやデプレッシヴブラックを扱うアメリカの独立系レーベルと契約している。(Bandcampには書いてないが、ダウンロードした際についてくる背面画像に記載がある)

Khrysanthoneyのウェブページにはこのように書いてある。

I love anything rich in atmosphere and emotions- I don’t care if it’s aggressive & bombastic like Astronoid…
(我々は豊かなアトモスフィアとエモーションを持ったバンドが好きで、そうであればたとえASTRONOIDのように攻撃的だったり仰々しかったりしてもかまわない)

この文章は彼らの音楽を非常に的確に表しており、Khrysanthoneyというレーベルが彼らの良き理解者であることを示している。次章では彼らの音楽性について言及していくが、上記の言葉を頭に置きながら読むとより理解が進むことだろう。

3. 作品の構造解析

3.1. ブラックメタル、ポストブラックメタル的観点

前章により、彼らの音楽性を考えるにあたってポストブラックメタルが重要な要素であることがわかっていただけたと思う。したがって、まずはその観点から本作をひも解いていきたい。

(1) ALCESTとDEAFHEAVEN

ポストブラックメタル。シューゲブラック。そうなると当然頭にはあのオネショタジャケットFOREVER21コラボジャケットが思い浮かぶわけだ。それでは、まずその辺を整理していくことから始めよう。

ALCESTを率いるブラックメタル界のショタァ…ことNeigeが発見したのは、一部のブラックメタルが持つ輪郭の不安定なトレモロとシューゲイザーが持つ輪郭の不安定なリヴァーヴって似てんじゃね?ってことだった。そしてその二者の精神的基盤から来る雰囲気――すなわち禍々しさや寒々しさと甘美さを一旦排除し、そこに自らのショタの楽園“フェアリーランド”を据えて再度メロディを構築することで、サウンド的にもバックグラウンド的にもブラックメタルとシューゲイザーを融和させた。そういう意味で、彼がインタビューでも語っているように、彼の作品の核は「ボクもショタァ…されたひ…」という“フェアリーランドへの憧憬”である。つまりALCESTはブラックメタルではなく“フェアリーランド”音楽であって、だからこそブラックメタルを超えたポスト“ブラックメタル”を体現するに至ったのだろう。

一方で去年世間を騒がせたDEAFHEAVENだが、彼らの作品は明確にALCEST以降と呼べるものだった。というのは、ALCESTが提示したブラックメタル+シューゲイザーを完全に手法として用いているからだ。ALCESTがやったブラックメタルとシューゲイザーの“フェアリーランド”における邂逅を、その核を取っ払ってしまって、代わりにポストロックやポストメタル、激情ハードコアといった近年のポスト/アトモスフィア勢のやり方を総動員し、いわばポスト/アトモスフェリックのブラックメタル版総決算と言える作品を作り上げた。だからこそ進歩的高偏差値音楽メディアの筆頭Pitchforkが「ポスト大好き!」と絶賛したわけだ。それはハイブランドのデザイナーがその年のコレクションで提示した“今年の流行”を臆面もなく取り入れて一般層へ普及させるファストファッションブランドの如しで、ここで私は彼らに“ファストブラック”(意味が違う)の称号を与えたい。……話がそれたが、彼らは「ブラックメタル以上に影響を受けた音楽はありません」と発言している。なるほど、ポスト/アトモスフェリック要素をあくまでブラックメタルの枠内で聴かせる彼らの音楽は間違いなく“バンドサウンド”であり、ブラックメタルなのである。すなわち彼らのポストブラックメタルは、ブラックメタルのジャンル内での“ポストブラックメタル”なのである。

そうした観点から見てみると、ASTRONOIDの本作は間違いなくDEAFHEAVENと同様“ポストブラックメタル”の流れに置ける。すなわちブラックメタル的バンドとしての強度を持ちつつ節々に浮遊感を漂わせている。

(2) ブラックメタルおよびポストブラックメタルバンド同士の比較

ここでブラックメタル“的”バンドとしたのは、世の中にはブラックメタルに尋常ならざるこだわりを持っているひとたちがいて、そういう人たちの基準からするとASTRONOID、さらにはショタ願望が強すぎの内省バンドALCESTやクソサブカル眼鏡ご用達高偏差値バンドDEAFHEAVENも含めたポストブラック勢は明らかにブラックメタルではないからだ。だからこそ“ポスト”ブラックメタルなわけであって、普段ポストブラックを聴いたり肯定的だったりする私にしても、「あいつらはブラックメタルじゃねー」と言われれば「わかる」と答えることに後ろめたさはない。だってブラックメタルじゃないし。この辺りは2000年代初頭に持ち上がった「青春パンクはパンクじゃない」というスターリン原理主義者と175Rキッズの関係性と似たものを感じる。パンクの形骸化、という言葉でしばしば語られたそれは、しかしながらその対象としている“パンク”はそもそもパンクではなかった。そりゃパンクじゃないよ。だって“パンク”だもん。

事の本質はALCESTがブラックメタルか否かということではない。 “ブラックメタラー”が“ブラックメタル”をあたかもブラックメタルのように扱い、そしてブラックメタラーのごとく振る舞うことが彼らにとっては問題なのだ。すなわちそれは「(おれの基準からすると)間違ってるのにシタリ顔」ということだ。つまりブラックメタルを自称しているデッヘヴンはなるほど確かにブラックメタラーの怒りの業火に焼かれるべきで、それをブラックメタルとして持ち上げている数々のメディアはすべからく地獄の業火に投げ込まれ腹を切って死ぬべきだ(もちろん私も含めてである)

それでは何を持って“ブラック”とするのか、あるいは何を持って“ポスト”とするのか。それぞれの特徴を並べて比較してみよう。その中で、ASTRONOIDがその他のバンドと比べてどういった面で特徴的なのかが見えてくるはずだ。

表1. 各ポストブラックメタルバンドおよびブラックメタルファンにおける特徴的な性質

ALCEST DEAFHEAVEN ASTRONOID 厳格なブラックメタラーのAさん
ボーカル 甘い唄、絶叫 コレヤバァアァイwwww リバーヴの効いたのびやかな唄 ダミ声
ギター シューゲ トレモロシューゲ トレモロシューゲ、リフ 寒々しいトレモロ
ドラム 高速ズダズダ、アトモスミドル 高速ズダズダ、アトモスミドル 高速ズダズダ、ツーバス疾走、ブラスト 高速ズダズダ、ブラスト
メロディ 幻想的 爽快感 哀愁、感傷 Mayheeeeem
精神性 フェアリーランド ブラックメタルバンド メタル、星を見つめし者 悪魔崇拝、反社会

※ベースは本稿の流れからいくとあまり重要ではないので省きました。ゴメェン
※厳格なブラックメタラーAさんはあくまでAさんの基準です。

こうして見るとALCESTとDEAFHEAVENは絶叫+高速ズダズダという部分で“ブラックメタル”とされていることがわかる。この基準は厳格なブラックメタラーのAさんのボーカルおよびドラムにも該当している。確かに高速ズダズダと絶叫の両立は他のメタルにはそれほど見られない特徴で、だからこそこの二つの要素を持つというだけで――発売レーベルや関連バンド、インタビューの発言なども考慮されるにしろ――従来とは雰囲気の異なる彼らがブラックメタルの範疇に収められているわけだ。

一方でASTRONOIDはどうか。高速ズダズダは見られるものの、他の三者に共通してみられるダミ声がない。この絶叫は――あるいはグロウルでも良いのだが――ブラックメタル的にはかなり大きな要素だ。確かにALCESTが新作『Shelter』で「モテたいと思ってもモテないので――そのうちネージュは、叫ぶのをやめた」をした結果、多くの聴き手が「SLOWDIVE??」と高らかに手を掲げて太陽を仰ぎ見た。

カバー画像
「SLOWDIVE…?」「Yeah」

とはいえALCESTは叫ぶのをやめたと同時に高速ズダズダもやめている。ALCESTがブラックメタルである証みたいなものを両方取ったらそれはもはや“ブラックメタル”でさえなくなるだろう。

一方ASTRONOIDは思う存分高速ズダズダをやっている。とは言うものの、“ブラック”要素のうち片方を失った彼らの曲は、この点ではかなりブラックメタルから遠ざかっているとは言える。

(3) メタルバンドとしての強度

冒頭で示したように、確かに彼ら自身にしても名乗っているのはシューゲーザーメタルであり、ブラックメタルやポストブラックメタルではない。そもそも私が彼らを「ブラックメタル的バンド」としたのは、その出自もさることながら、DEAFHEAVENの存在が故だ。彼らが“ブラックメタル的要素を持ったメタルバンド”を“ブラックメタルバンド”として広く認知させたからこそ、ASTRONOIDをあっさりとその流れに置くことができた。そういった意味でやはりDEAFHEAVENがポストブラックメタル界に与えた影響は大きいだろう。

上で述べたように、DEAFHEAVENの大きな特徴はそのバンドサウンドである。ふわふわしていたポストブラックメタルというジャンルをきっちりと骨太に仕上げてきたのが『Sunbather』だった。ALCEST系シューゲイザーブラックメタルやWOLVES IN THE THRONE ROOM系アトモスフェリックブラックメタルは、その空気感を出すためにギターをガンガンに歪ませているために従来のブラックメタル同様肉感は薄い。そもそも、ポストロックやポストメタル、ポストハードコアももしかしたらそうかもしれないが、“ポスト”という言葉は肉感を排除した音楽に冠せられることが多いことからも、この音作りは当然だろう。そうしたポスト的音作りを根底におきながら、あくまでバンドサウンドを志すことで、ポストブラックメタルにある似非ブラックメタル感をできる限りブラックメタルに近づけた。だからこそPitchforkがわざわざ「ジャンルに関わる議論は重要じゃない。今年出たブラックメタルアルバムのなかで、本作がいかに素晴らしいかを考えようじゃないか」と言ったわけだ。要素で見れば高速ズダズダ+絶叫という単純なやり方がブラックメタル性を担っているが、音楽的バックグラウンドの強度がそのふたつの効果を高めているのである

それと同様に、ASTRONOIDもバンドとして強度が高い。そして彼らがDEAFHEAVENと異なるのは、その強度が“バンド”的であるのに加えて、“いわゆるメタル”的でもあることだろう。表1を見るとわかるが、彼らの曲には高速ズダズダとブラストビートというブラックメタル的リズムパターンの他に、疾走ツーバスドコドコというキングオブメタァル!なフレーズが見られる。さらに、ギターの音も非ブラックメタル的な肉感が強い。基本的に従来のブラックメタルはざらっとした音質が主流で肉感はあまりない。だからこそその流れで雰囲気重視のポストブラックギターが成り立ったわけだ。一方でASTRONOIDのギターは、ブラック的トレモロ感とポストブラック的シューゲ感を保ちながらも、音の厚みを増している。そうやってリフとリズムをしっかり固めることで、ブラックとポストブラックの両者の特徴を持ちつつ王道メタルのような力強さを醸している。そして逆説的だが、この王道メタル的強度がメタルバンドとしての強度に繋がり、それが前述したブラックメタル的要素を“ブラックメタル”として成立させているのである

(4) 歌とその旋律の特異性

こうした側面にさらに特徴を与えているのが、シューゲイザー直系の残響が効いたボーカルだ。このボーカルスタイルはALCESTでも盛んに使われているが、それは渦巻くギターと一体になって幻想世界の雰囲気を構成するひとつの要素だった。一方でASTRONODの場合は完全に歌として機能している。深い反響をたずさえながらも伸びやかに歌い上げるそのメロディはなんとも言えない感傷と哀愁をはらんでおり、思わず一緒に口ずさんでしまう魅力を持っている。

この歌声は、前述のメタルバント的強度が、その強度が故にシューゲイザー要素を完全に覆ってしまうことを避けている。“唄”という主役級の位置にシューゲイザー要素を噛ませることで、ポスト系特有の浮遊感とバンド強度を両立させている

また、メロディに含まれる哀愁というのも彼らのひとつの大きな特徴だ。そのメロディに陰湿さや暴力を持つ従来のブラックメタル、その思想的背景が故にメロディが幻想と憧憬を放つALCEST、そこから思想性を抜いて感傷が増したALCESTフォロワー、そしてそこに爽やかさを足して多くの支持を得たDEAFHEAVEN。それらのどれとも異なる旋律。哀愁。そしてこの旋律は、“いわゆるメタル”的暑苦しさと大いに共通している。彼らが疾走しながら歌を歌っているとき、そこに垣間見られるのはまぎれもなくメロスピ魂だ。そこに齟齬はなく、メタルはメタァルのまま機能している。一方でその声はポストブラック的な優男の線の細いそれであるし、そこに加わる反響効果によって、メタル的暑苦しさは大いに減退している。

ポストブラックとしての下地と強力なバンドサウンド、それぞれの要素が見事なバランスで組み合わさることで、本作はポストブラック的壮大さと、メロスピ的仰々しさを両立し、さらにそれぞれの感情と攻撃性を宇宙的次元で融合させている。そしてそのサウンドのハッタリのデカさは、そのままASTRONOIDの『Stargazer』――似非宇宙の『星を見つめし者』という宇宙規模のテーマに繋がっていく。

3.2. コンセプト作品としての『Stargazer』

前述した通り、本作『Stargazer』はコンセプト作品である。この件についてはBandcampの記述以外に言及はない。したがって、まずは表題やアートワークから大まかな物語を読み取ることにしよう。

(1) 表題『Stargazer』――星を見つめしもの

見つめる、という言葉が創作物に使われる時は、単純に「見る」ないし「注視する」という行為を示すだけでなく、そこに何かしらの想いがある場合がほとんどだ。瞳を見つめるときは恋愛感情が絡むし、背中を見つめる時は慕情が浮かび上がる。

それでは、星を見つめる場合はどうだろうか。通常、我々は星を見つめはしない。いや、行為として見つめることはあるが、言葉としては「見上げる」のほうがしっくりくるだろう。したがって、この『星を見つめしもの』という表現は、詩的な装飾以上に、我々に我々以外の何者かの存在と、その何者かの感情を想起させる。そしてASTRONOID=宇宙のようなものというバンド名は、確実に“何者”のヒントとなる。そう、バンド名と作品名の時点で、例え本作がコンセプト作品だという情報がなかったとしても、我々はこの作品が宇宙規模の物語であると認識できる。そういう意味で、このバンド名と作品名の組み合わせは完璧と言ってよい。

(2) 曲名

本作は2曲の小曲を含んだ4曲の作品だ。それぞれタイトルは「The Stargazer(星を見つめしもの」、「Detachment(脱離)」、「Light Speed(光速)」、「Prologue: Equilibrium(序章:平衡)」となっている。曲名をこうして並べただけでもある程度物語が見えてくる。すなわち「星を見つめしもの」が「脱離」を起こし「光速」で「平衡」へと至るという物語である。「平衡」は「序章」でもあるが、そこに“宇宙”というキーワードが加わることで、これが宇宙の終わりと始まりの物語であると我々は予想するだろう。

それでは次に、各曲の歌詞を見ていこう。和訳は筆者によるもの。一部苦しい部分があるので助言をいただければありがたい。

(3) 「The Stargazer」

I write this my adored 親愛なる君
I’ve come to let go 手放していく
your eyes, the skies 君の瞳 この空
Materialize 形作られて

Release me from this state 波動で変容した
Transformed by waves この状態から解放してくれ
I’ve come too far 遠くからやってきた
To drown in stars 星々に溺れるように

I will be gone じきに離れてしまうだろう
from the summer sky この夏の空から
Forgone 捨て去って

Don’t be afraid 心配しないで
We will burst away 僕らは散り散りになる
I’m gone もうすぐ

This is my goodbye これがお別れの挨拶
I’ve come to realize わかったんだ
In this end この終わりに
Life begins 生命は始まる

I will be gone じきに離れてしまうだろう
from the summer sky この夏の空から
Forgone 捨て去って

Don’t be afraid 心配しないで
We will burst away 僕らは散り散りになる
You’re gone 君もともに

We will float 漂って

ご覧いただければわかるように、これは君と僕の物語であり、いわゆるセカイ系と呼べる代物だ。それでは君と僕、一体どちらが「星を見つめている」のだろうか。「星々に溺れる」という表現から、主人公は星の外部にいると考えられる。しかしながらここで留意したいのは、comeやgone、あるいはtransformedといった単語が主人公に対し散見されることだ。主人公は一定の状態ではなく、せわしなく変化を遂げている。gazeという単語はどちらかというと静的な状態から「ぼんやりと見つめる」、「じっと見つめる」という意味合いが強い。したがって、主人公がThe Stargazerであるというのは今いちしっくり来ない。

それでは“君”がThe Stargazerであるとしたらどうか。“君”の状態はほとんど描写されていないが、ひとつ重要な言葉が出てきている。「Your eyes」だ。なるほど、“君”が夏の空を見つめているとしたら、いろいろと納得が行く。すなわち、“君”=The Stargazer=my adoredであり、“僕”=Starであって、これは僕から君への別れの手紙である。夏の空には星々が瞬いており、その空を過ぎ去る主人公は、自らの変容を止められず、おそらくは君のいる場所もろともburst awayしてしまう。しかしながら主人公はそれが“何か”の始まりであることを理解しており、だからこそ君に「Don’t be afraid」と投げかける。一方でtransformedとburst awayによって主人公が主人公でなくなることは、「This is my goodbye」という部分から読み取れるだろう。

(4) 「Detachment」

脱離、と題されたこの曲は言葉のない小曲である。脱離を起こした主人公は、次の状態へと変容していく。

(5) 「Light Speed」

The future is coming too close 未来はそこまで来ている
Progress beyond our control 事態はもはや制御を超えた

Intentions becoming clear 意思は明確になりつつある
Discard the boundaries of fear 恐怖の枠を捨て去るんだ
We’re going to explode 僕らは散り散りになる
We’re going to float 僕らは漂う

Human, now obsolete 人間、今や過去のもの
Acknowledge the ends near complete 終わりが近づきつつあると認めよう

We’re going to explode 僕らは散り散りになる
We’re going to float僕らは漂う

Feelings distorted seem slow 歪められた感情はゆっくりと見える
Vision contorted, faint glow 視覚はよじれ、朧が覆う
We’re going too slow 僕らはこんなにもゆっくりと
We’re going to float 僕らは漂う

Physical vessel corrodes 物質的な器は廃れ行き
Celestial bodies implode  天体は崩壊する
We’re going to explode 僕らは散り散りになる

I have realized やっとわかったんだ
Life was in your eyes 生命は君の瞳にあった
Your eyes were the skies 君の瞳はこの空だった
This is my goodbye これは僕だけの「サヨナラ」だ

序盤から終盤にかけて、徐々に世界の崩壊が進んでいく。繰り返される「We’re going to explode」というフレーズ。しかしながら最後に主人公は気づく。「Life was in your eyes」。君の瞳こそが生命であり、この空だったのだ。#1「The Stargazer」で主人公が言っていたLife beginsは、Your eyes beginsだったのだ。であればexplodeすると思われていた君は、決してweには含まれない。だからこそThis is MY goodbyeと、改めて、そして最後に主人公は告げたのだ。

この事実を知ったあと、改めて「The Stargazer」に戻るとDon’t be afraidの空虚さが際立つ。僕と君の物語であったそれは、実は僕の物語でしかなかった。僕は、そして僕の世界は、途方もない超宇宙的規模の存在の君にとってはその眼の瞬きでしかなかったのだ。

(6) 「Prologue: Equilibrium」

光速で崩壊した世界のあと、再び平衡を取り戻した彼女の瞳は、また新たな星を見つめている。その瞳の奥には、一体いかなる感情が秘められているのか。

この曲に歌はない。しかし、ダウンロードしたファイルには「Energy」と、一言記載されている。主人公のいた世界の崩壊は、次の世界を、そして彼女の平穏を保つための力となったのか。

お気づきの通り、曲のほうは「The Stargazer」とthe冠詞がついているが、作品名は『Stargazer』と無冠詞である。1曲目のStargazerは主人公にとってはかけがえのない君であるが、全体としては主人公は見つめられる星のうちのひとつにすぎず、Stargazerと主人公は一対一の関係ではない。theの有無は、そうした構造を示している。

(7) アートワーク

切り立った岩場から蛍光色の何かがたれているような絵だ。おそらくこれはCelestial bodies implodeという一節を表しているのだろう。あるいは、君の瞳から涙のように流れる星々を表しているのかもしれない。

本アートワークはLully Schwartzという女性アーティストによって描かれたものである。彼女の他の作品を見ると風景画が多く、また、色使いも淡いものが多い。本作のアートワークは普段の彼女の作風からすると少し異色のものとなっている。

(8) 物語としての『Stargazer』

トリックとしてはいかにもなSFで、壮大でありながら君と僕で完結するというあたりはモロに厨セカイ系だなあ、という感じではある。しかしながら平成仮面ライダーシリーズを愛していたり、何かの間違いで道端に倒れている瀕死のドラゴンと契約して代償に声を失ったりしねえかなと思っていたりするゲーム脳(厨バージョン)の私としてはもうタマランズビッな内容であるし、your eyesやthe skies、relalize、this is my goodbyeといったキーワードをしっかり回収して仕上げているあたりや、作品2周目にそれぞれの言葉がまったく違った意味を持ってくるあたりは、たった4曲しかないとはいえコンセプト作品として十分評価できる出来だろう。

コンセプト作品としての完成度は、そのまま音楽にも還元される。シンプルな言葉で語られるこの物語は、前述の哀愁メロディと唄に乗ると非常に強力な意味を持つ。そしてそれは、“フェアリーランド”への憧憬が込められたALCESTの作品と同様の意味で作品にある種の精神性をもたらしていることを示す。

そう、本作は、そのバンド強度とコンセプトによって、DEAFHEAVEN的なポストブラックメタルでありながら、かつALCEST的ポストブラックメタルでもあるのだ。

4. 各曲論

それでは、以上の音楽検証と歌詞検証を踏まえながら、各曲を改めて見て行こう。

(1) 「The Stargazer」

我々メタラーが秘めるメロスピ魂を、あるいはもしかしたらハードコア野郎が秘めるクラスト魂をこじ開けるような力強いツーバス8ビート疾走と哀愁のトレモロリフで幕を開ける。この時点で私は涙ブワッ状態だったのだが、驚いたのはやはりその歌が入ってからだ。前述の通り彼らの歌は一音一音が長く、非常に伸びやかである。ともすれば冗長に感じる歌唱だが、この曲では歌が入ってもまったく速度感が落ちていない。肝はドラムだ。イントロが終わり歌が入ると同時に、ドラムのビートは倍になり、ブラックメタルらしい高速ドラミングとなる。何のことはないドラムの手数を倍にしただけではあるのだが、これが宇宙的な効果を発揮している。速度感だけで言えば歌とドラムで相殺というところだが、イントロでの助走がある分、そこで蓄えた力強さは単純に速さに変換されずにリズムにも宿る。そして、相殺されたかに思える速度感は、伸びやかで反響する歌へと変容して空間的拡がりが形成される。結果として圧倒的な密度と体積を持ったまさに宇宙としかいいようがないパワーを秘めた導入部が出来上がる

そしてこのサウンドの速度感や解放感、ギミックは、間違いなく歌詞の世界観と連動している。そういう意味でも、本作がコンセプト作品として非常に優秀であると言えるだろう。

メロが終わりサビに入ると、またドラムは8ビートに戻る。それは減速ではない。解放である。歌の裏側における16ビートによって蓄えたその破壊力を、サビという空間に一気に放出する。その手助けをしているのは、やはり歌詞だ。「I will be gone」という彼方への移動を表す内容の歌詞は、言霊によって破壊力→解放感への変容の潤滑剤として働く。そして続く「Don’t be afraid」という、単純であるからこそ反響を超えて耳に届くその言葉は、驚異的な美メロの補助を得ながら流星のごとく我々の涙腺を直撃する。

細かなアレンジにも唸るばかりだ。例えばサビのワンフレーズのあとにチンチンチキチキと鳴らされるライドは、間延びしそうなメロディを補助し、速度感を保つアクセントとして非常に効果的に働いている。また、1回目のサビの前で叩かれるドラムロールにはタム(たぶん)が使われているが、2回目のサビの前ではより強力なスネアが使われている。さきほど述べたように1回目のサビはメロからの解放という意味が強いため、そこにアクセントを置いてしまうと滑らかさが失われる。したがってドラムロールは控え目になっている。一方で1回目のサビから2回目のサビへと移る際には、同じサビという範囲内での移動なので滑らかさはそれほど必要ない。それよりも、反復によるダレを抑制するほうが先決だろう。そういう意味で2回目はスネアによる力強いドラムロールになっているわけだ。非常によく練られている。

サビのあとはギターソロだ。ブラストビートと同期したトレモロソロは、はっきりいってしまえば非常に単調だ。だからこそ、良い。メロディよりもハーモニーを大事にしたギターソロは、反響する伸びやかなボーカルとの整合性という意味で抜群なのだ。ここでもし技巧的な、あるいはメロディックなギターソロが来たとしたら、おそらくその部位だけが凹凸の凸となって、故に速度感は減衰してしまうだろう。展開に含まれないその減速は決して歓迎されない違和感として働くだろう。

ハーモニックなギターソロがフェードアウトすると、再びのメロである。ここでも彼らのアレンジ力が大いに発揮されている。まず2回繰り返していたメロパートを1回のみにした。これはポップスなどでもよく使われる手法だが、8ビートとブラストというダレがちなリズムパターンでこうした短縮化は良い方向に働くだろう。次に、サビの頭にうっすらと重なる絶叫である。これまで一切封印していた絶叫を、前に押し出さずに補助的に使っている。この聴こえるか聴こえないかの絶叫は、2回目のサビの強度を1回目のサビよりも間違いなく上げている。あるいはもし、ここで絶叫を押し出していたらどうなるだろうか。ここまで述べてきたように、宇宙的空間の主軸はボーカルである。そのボーカルを絶叫で覆うということは、その空間性の廃棄に繋がる。すなわち、絶叫を強度として扱うためには、この「うっすらと鳴らす」という方法が最善なのである。

2回目のサビの最後、消えいるような「You’re gone」のあとには、本曲屈指のヘドバンパートが待ち受けている。遠慮することはない。その力強いツーバスとスネアとミュートギターにあわせて、思う存分エアギターをしながらヘドバンしようではないか。

圧倒的破壊力の疾走が終わると、一転して叙情的なアコースティックギターとベースソロが我々を出迎える。ベタとも取れるほど哀愁を醸すその旋律は、我々の“メタルスピリッツ”をさらに震わせる。ハウリングののちに繰り出されるツーバスとトレモロギター。まさに熱い血潮である。

そしてこの叙情パートは、主人公の状態変化を示唆する。これまである速度を持っていた主人公が、waves、あるいはその他の何かによって、さらなるtransformingを迎える。

変容のあとに訪れるのは、強力な表打ちの8ビートだ。これまではずっと裏打ち疾走だったが、ここで初めて使われる力強い表打ちによって一旦減衰した速度を“パワー”として徐々に充填していく。見える、私には見える。このドラム一打一打によって、“宇宙パワーゲージ”がずんずん溜まっていくのがっ!!こうして溜められたエネルギーは、続く最後の裏打ち疾走の速度感へと繋がる。そのため、クライマックスの疾走は、速度感がリセットされる以前と同等かそれ以上の速度感を持つようになっている。そして、速度の減衰→パワーチャージ→速度マックスという展開は、まぎれもない“クライマックス感”の演出となり、まさにburst awayであり、聴き手を巻き込んで次の状態へとtransformingしていく。

最後の「We will float」という言葉によって、これまで溜めてきた音が一気に空中に漂い、物語は次に続く。

(2) 「Detachment」

宇宙的な波動を感じるシンセサイザーによるアンビエント。floatした音たちが再び集まり、「Lightspeed」へと繋がっていく。

(3) 「Lightspeed」

力強く、そして細やかなドラミングからツーバスドコドコ4ビートという、「Lightspeed」=光速という言葉とは印象が異なる展開でもって幕を開ける。相変わらずドラムの一音一音は強力だし、ベースもメテオのような破壊力を持ってはいるが、「The Stargazer」と比べると単調に進んでいく。しかしながらこれは当然、そうあるべくしてそうあっているのだ。忘れてはならないのは、これはコンセプト作品だということだ。歌詞なり、アートワークなり、曲なりがすべて連携している。すなわちこの4ビートパートはDetachmentとLightspeedの狭間の、一瞬の出来事である。世界が光速に乗るまえに、無限大に圧縮された主人公の身体と思考。そこでは物質的な器は意味をなさない。「We’re going to explode」という、これから起こる出来事への予感だけが空間に大きく反響する。

はっきり言ってしまえばここは後半のLightspeed部分の前振りではある。だからこそ単調で抑揚が効いているわけだ。しかしながら「We’re going to explode」というサビにあたるキーフレーズでは彼らのシューゲイザー的部分を存分に発揮した空間解放が行われており、この前振り部分だけでも完全な“宇宙”として成立しているあたり末恐ろしい

爆散間近の感情が乗せられた渋いギターソロのあと、助走のミュートカッティングののちに空間は一気に加速を始める。キングオブメタルなミュートリフと8ビート疾走。熱き血潮。しかしながら冷静なトーンを保つ主人公の歌。「We’re going too slow」という言葉の通り、圧倒的な質量と最後の時を前に、もはや速度は意味をなさない。続くギターソロで最後の変容を遂げた主人公は、本当に最後の最後に、君こそが「Stargazer」だったのだと気づく。炸裂する肉体、そして感情。鳴り響くツーバスと打ち鳴らされるシンバル。今作一のテンションで歌われる言葉。「I have realized」。それは嘆きなのか、喜びなのか。ツーバスとともに訪れるトレモロは、言いようのない感情を保ちながら、ぷっつりと最期を迎える。

本作のボーカルの息遣いやメロディは明らかにメタルではなく、RADIOHEAD直系にあるようなオルタナ/ポストロックのそれだ。ミドルテンポの強力なリズムアンサンブルに浮遊感のあるメロディが乗るという意味では、我が敬愛のdownyに近いものを感じる。

とはいえdownyのように変拍子を駆使しているわけではない。ここまで書いたとおり、本作において“速度”がどれほど重要な位置を占めているかを思えば、それは当然のことだろう。あくまで単純なリズムパターンでありながら、歌詞との整合性とアレンジの妙で劇的に曲を展開させるその手腕には、見事というしかない

(4) 「Prologue: Equilibrium」

アナログな音質のギターによる小曲。単調なアルペジオだが、時に高まりを感じさせるその弦使いは、この「平衡」が序章であることを予感させる。

5. 総論と、あとがきと

5.1. ベタボメ

以上のように、本作はシューゲイザーが持つ浮遊感と、メタルが持つ力強さと、セカイ系が持つ壮大さを、叙情的なメロディと卓越したアレンジでもってひとつにまとめあげた超大作である。たった4曲でありながら、宇宙的規模と密度と質量と体積をもって我々を圧倒する本作は、間違いなく史上最強の作品のひとつだろう。この世に生み出されたひとつの音楽作品としての完全独立した評価でもまず間違いなく史上最強のメタル作品のひとつだし、ALCESTとDEAFHEAVENが築いたブラックゲイザーの礎を、圧倒的なメタルパワーでもって取り込んだという意味で、メタル/ブラックメタル史という文脈でも今後必ず引用していかなければならない最重要作である。そんな作品を、結成からわずか2年で生み出してしまった彼らにはただただ驚愕と感嘆と賞賛の声を送るばかりである。

そして、もちろん、以上のベタ褒めには、私にとっては、という接頭句が付く。

5.2. “史上最強”

(1) それぞれの“史上最強”

本記事では、私がなぜこの作品を“史上最強”としたのかを、できるだけ詳細に記したつもりである。もしいまいち理解できない場合は、どの辺りがわからないか遠慮なく教えて欲しい。追加で文書をしたためよう。

私は以上の長文で、一部熱意にまかせてくだけた表現をした部分はあるにしろ、歪んだ論理を使ったつもりはない。しかし論理的に説明できるからそれが正しいというわけではない。論理は音楽をひもとく道具のひとつであり、音楽は論理だけで出来ているわけではない。

多くの人にとってこの作品はALCESTやDEAFHEAVENほど衝撃的ではないだろうし、あるいはRHAPSODYやMETALLICAとなどとは比べるまでもないだろう。

それでも私はこの作品に、それらのバンドのどの作品よりも優れた点数をつける。

我々の多様性を考えれば、同じような音楽作品――例えば本作に関して言えばポストブラックなどを好むものたちの間でも、その作品のどこに目をつけ、どのように評価するかは全く異なってくるだろう。それぞれの“史上最強”が、たとえそれが同じ作品を対象としていても、全く違ったものであってもおかしくない。

(2) 史上最強と“史上最強”

もちろん、RHAPSODYの「Emerald Sword」のように、そのジャンルの“固定観念”となるような重要な意味を持った史上最強の作品は存在するし、私はそのような作品が世に出て、新しい音楽の形が見えてくることを常に願っている。そして、それと同時に、非常に個人的な規模での“史上最強”の作品に出会うこともまた願っている。いや、同時に、ではなく、“史上最強”に出会うために史上最強を待ち望んでいると言えるのかもしれない。“史上最強”の礎として史上最強による変革を待ち望んでいるのかもしれない。

(3) たったひとつの出会いの重要性

YoutubeやBandcampで気軽にいろんな作品を試聴できるようになった現在、我々はいともたやすく良質な音楽作品を、大量に見つけられるようになった。1日上述のサイトを巡れば、良い作品の10や20は簡単に見つかる。そうやってたくさんの音楽を知るということは、リスナーとしてもミュージシャンとしても素晴らしいことだろう。

しかし、ただ個人の音楽体験における感動、ということだけに焦点を置けば、1000の優良作品の存在は、1の最強作品にあっさりと敗れ去るということには、例えその膨大な作品の裏にこの出会いがあったとしても、留意しておきたい。ひとつの最強作品との出会いは、過去の音楽体験を全く別のものに変えるだけの力がある。そしてその体験は、確実にリスナーやミュージシャンとしての独自性に繋がるだろう。

(4) なぜ音楽を聴くのか?

収入の大半を音楽に費やし、大量の音楽を聴き、文章を読み、知識を深める。なぜそうした、普通のひとにはやりすぎと思える行為をするのか。それは単純に「楽しいから」だろう。そしてその楽しさの先には、楽しさを超えた体験となる“史上最強”の作品が待っているに違いないと信じているからだ。私の“楽しさ”は、まだ見ぬ“君”との出会いのための下準備でもあった。そんなことを、本作を聴いてぼんやりと感じたのだった。

5.3. ASTRONOIDGAZER誕生

というわけで、私は本作によって、これまでのランギラスという器から脱離し、ASTRONOIDGAZERという新たな存在としてのランギラスとなって生きていくことになりました。今後も彼らの動向を注視していきたいと思います。

6. 謝辞

ここまで読んでくださってありがとうございました。そして何より、ありがとう、ASTRONOID。