a0002_011705_m

Bandcampが養った「買う」から「サポートする」への意識変化、およびDIY精神

事の始まり

3LAというレコード屋があります。クラストや激情系のハードコアを中心に、店主のミズタニ氏が選りすぐった素晴らしい作品を販売している、そのスジのひとには説明不要なくらい有名な、信頼できるディストロショップのひとつです。

現在(3月14日まで)3LAではスペインのくそカッコイイハードコアバンドICTUSの再発のためのサポート企画を行っています。

http://longlegslongarms.jp/3la_releases/3/ictus.html

それに対して2ちゃんねるの激情スレPart4で以下のような書き込みがありました。

806 :NO-FUTUREさん:2014/03/04(火) 22:26:36.82 ID:???
3LAのサポート企画やべぇな~ボッタクリプライスもいいところ

企画の趣旨が全く伝わってない!しかもたぶんべつにそんなに高くない!3だけ全角!「~」のあと間髪入れずに次の文!などと思っているとツイッター上で以下のような発言が出ていました。(元発言はミズタニ氏への個人的なリプライだったのでリンクは外してます)

パンク聞いてるのに一方的な消費者として振る舞うって、楽しいのかなぁとは思いましたが。

この「パンク聞いてるのに一方的な消費者として振る舞う」という部分が、個人的にすごく「なるほどなあ」と思ったのでした。そして以下のような発言をしました。

というわけで、この発言についてさらに掘り下げていきます。

Name Your Price

当Decayed Sun RecordsではBandcampを通して作品を配信しています。Bandcampはクレジットカードさえあれば誰でも手軽に作品を配信/購入できるサービスです。AmazonやiTunesと異なり、以下のような利点があります。

  • 販売側、購入側ともに基本的には無料で使用できる
  • mp3の他にFLACなどの非圧縮のファイル形式を選んでダウンロード可能
  • 現物販売/購入の機能もあり

このように、独立系レーベルやアマチュアミュージシャンにとって大変ありがたい仕様で、さらに購入側にもメリットが多いため、Bandcampは数年のあいだに大きく普及しました。現在では大手レコード会社――メタル系ではRelapseも利用しているくらいには規模のある音楽サービスです。

Bandcampでは、配信側が自由に作品の値段を設定できます。10ドル、3000円といった固定価格の他、〇〇円“以上”という指定もできます。その中で、0円以上――すなわち購入者がその作品の価値を自由に決められる設定をName You Price(以下NYP)と言います。レーベルと契約していないようなアマチュアミュージシャンの多くがこの価格設定にしているほか、JESUやLIGHT BEARERといったそのスジのひとたちが「えっ、マジでいいの!?」と歓喜してしまうようなミュージシャンの作品でもちらほらと採用されています。

この購入側がお金を多めに支払ったり支払わなかったりできるNYP的値段設定は、Bandcampの大きな特徴です。そしてこの特徴は、購入者の意識を“購入”から“サポート”へと変えていくひとつの大きな要因だと思われます。

通常の購入とNYPにおける意識の差

a0002_011705_m

例えば、9ドルで売っているものに9ドルを支払うのは間違いなく購入です。ある商品に対して対価を支払い、お金と引き換えに受け取る。日常生活でもよく行われる売買です。

一方、0ドルで手に入るものにわざわざ9ドル支払うのは、購入とは毛色が違うことがわかるでしょう。Bandcampでは通常ダウンロードをする直前にお金を払いますが、前述した通りNYPの場合それは任意です。払わなくてもダウンロードできますし、ダウンロードして聴いたあとに改めて払うことができます。つまりお金と商品は単純な一対一交換ではないということです。そのため、NYPにおける金銭支払いの一般的な感覚は購入というよりも募金、あるいはサポートに近いのではないかと思います。

これはNYPではない、“〇〇円以上”という価格設定でも同様です。通常の感覚での売買が成立しているうえに、さらに支払えるという点で、NYP以上にサポートの意味合いが強くなっています。

Bandcampで売られている作品のほとんどは購入者が通常より多くお金を支払える値段設定になっています。つまりBandcampはそうした点でAmazonやiTunesでのダウンロード購入、あるいはもしかしたら現物の購入よりもサポート感が強いと言えます。

購入感の薄いデジタルダウンロード

さらに重要なのは、Bandcampはデジタルダウンロードが主だということです。私たちが9ドル支払ってCDやレコードを手にしたときには、 “何かモノを買った”という満足感が確実に生まれます。そして音楽好きには、現物を得たことによる購入欲の充填を重要視している人は多いです。彼らは消費による高揚を“音楽の重み”、“音楽の楽しさ”の一部と感じているのです。

デジタルダウンロードの場合、こうした消費による高揚感が明らかに薄いです。何せモノがない。現物と比べると、触感―、あるいは嗅覚という重要な感覚がないわけです。その他金銭の支払いや外出といった、様々なモノ的事象が取っ払われているので、“モノを得た”という満足感は低いでしょう。その味気なさがデジタルダウンロードを一部のひとたちが受け入れない理由でもあります。

そして、この満足感の低さは、そのまま購入感の低下に繋がります。となると、その場合モノを買わずに一体何にお金を払っていることになるのか。もちろん音源を買っているわけですが、ここでそれとは別の意味が持ちあがってくるのです。それは、そう、ミュージシャンたちの働きに対しての対価という意味です。音源への支払いは、「あなたたちの活動を支持します」という意味が強い、とてもサポート的な支払いになるのです。もちろん従来の音源購入もサポートとしての意味合いはありましたが、デジタル化によってモノ入手から来る購入感が薄れたことで、相対的にサポート感が強まったのです。

ファンアカウント

さらに付け加えれば、私は使っていませんが、最近導入されたファンアカウント機能――誰がその作品にお金を払ったか、あるいはその人がどの作品にお金を払ったのかが公開される機能は、ファンたちの支払いに対して名誉を提供することによって、彼らのサポートを煽っています。作品の横に並ぶファンアイコンは完全にスペシャルサンクスクレジットです。作品にお金を支払うことで、後追いでその作品へと関わることができるのです。

ミュージシャンへの親しみ

さらについでにもうひとつ。BandcampでNYP作品をあさっていると、ちょくちょく「これ普通に9ドルくらいで売っていいだろ……」というような気持ちになる高レベルのアマチュア作品に出会います。またあるいは、いかにもお金持ってなさそうな幸の薄いオッサンが独りで作ったみじめな作品に出会います。そういうときには、普段即0入力ダウンロードの守銭奴である私も「ちょっとくらい払ってあげようかな……」と(収録時間×0.1)ドルとかいうような勝手な式をその都度作成して、ついでに「Amazing album!」とかいう英作文能力ゼロの一言コメントを添えて送金したりするわけです。そうすると、やっぱり払われたほうは多少なりとも喜ぶようで、「Thanks :)」みたいな最低限の謝礼を表す返信が来たり、あるいは結構テンションの高い「ぜひツアーに来てくれよな!」とかいう「いやオーストラリアとかそれは無理」なメールや、「レーベルやってるならフィジカルで出してくれよ!」とかいう「いや個人で勝手に名乗ってるだけだから無理」なメールがちょいちょい来たりします。

こうしたやり取りをしているとき、私とそのミュージシャンはその作品を通して、かなり身近なレベルで1対1で向かい合っています。そして、そうやって個人レベルで親しくなるということは、間違いなくサポート欲求へと繋がります。

このような、いちリスナーがミュージシャンと親しくなる事例は、もちろんBandcamp以前にもありました。ブラックメタルの末端などをあさっていると、どうしてもバンドやレーベルに直接メールを送って個人輸入に手を出さないと手に入らない作品がでてきます。その際に行われるやり取りで、バンドのメンバーと個人的な雑談をしたりする経験があるひとはこの界隈では少なくないでしょう。そしてBandcampであれば、そのような特別な購入方法をせずとも、通常の購入の範囲内でそうしたやり取りが行われる可能性が高くなるということです。

音楽に“参加”するリスナーたち

a0002_001199_m

以上、Bandcampの(1)NYP的値段設定、(2)デジタルダウンロード、そして(3)ファンアカウントという三つの大きな特徴は、利用者の意識を着々と“購入”から“サポート”へと変えていくでしょう。そしてそれは、いままで音楽を“消費”していたリスナーを、音楽に“参加”するリスナーへと近づけていくということでもあります。

おそらくこうした「音楽に参加する」という意識は、これまでは主にライブで養われていたんじゃないでしょうか。アリーナクラスはさておき、大きくない会場でのライブでは出演者と観客の物理的距離が近く、それは心理的距離の近さにも繋がります。実際、ライブ後にその辺をうろついている出演者に観客側が声をかけて仲良くなったという話も良く聞きます。ミュージシャンに対して覚える個人的な親しさがその人へのサポート感情へと繋がってもおかしくはないでしょう。また、ライブに対して“参加する”、“参戦する”という表現がされていたり、ライブ中の観客の行為に関する議論が白熱したりするのを見ていると、ライブというのは出演者側と観客側の両方あわせて全員で作り上げていくものだ、という意識がライブによくいく音楽好きにあるように思えます。

Bandcampは、ライブ会場で作り上げられてきたようなそうした作り手と聴き手の一体感を、自宅でも広範囲で作り上げる可能性があると言えるのではないでしょうか。

私たちリスナーにおけるDIY精神

私はここでデジタル対アナログ論争に加わって一面的なデジタル賛美をしたいわけではありません。その両方がそれそれに音楽界の発展に貢献していくでしょう。また、「参加者の方が消費者よりエライ」というようなことを言って他人を卑下して自らの音楽的立ち位置を上げたいわけでもありません。音楽に対して、消費でも参加でも好きなほうを好きにやればいいのです。

ただ私が何か伝えたかったとすれば、冒頭にあったような、パンク精神やDIY精神に関しての我々リスナーの意識や行動を考える機会でしょう。

雰囲気でDIYと言ってみましたが、そもそもDIYとはなんなんでしょうか。私は青春時代をモノ強化型ジャンルであるヴィジュアル系に費やしたので、全くその辺は詳しくありません。代わりに3LAのミズタニ氏のブログから引用をしましょう。

DIYは安売りのことではない。パンクも仲間内で回すだけで終わる音楽ではない。自分達のやっていることの価値をきちんと評価しているミュージシャンは決して安売りなどしない。メタリカの『Ride The Lightning』のように自分達の音楽の力で新規市場を開拓し、そこで自分達の音楽を売り金を得て、そして自分達が生活していく。この精神がパンクのDIYなんじゃなかろうか。

カネやケイザイへの反発がDIYの出発点だったのかもしれません。ただ、それはお金や経済を反射的に嫌うことではない。私たちが汗水たらして稼いだお金で、彼らへの対価をきちんと支払うこと、彼らと一緒に別の立場から市場形成に関わること。それが私たちリスナーにできるDIY精神なのかな、と思いました。

そしてそれはもちろん、ボッタクリだと思えばお金を支払わなくて良いということでもあります。そういう意味で消費も参加もやってることは変わりません。ただ、上述したようなDIY的な意識の―――自分のお金が自分の好きなものを作るんだ、という意識の有無は、お金を払うということに対する姿勢を、そして音楽に対する姿勢を変えていくんじゃないでしょうか。それが一概に良いこととは言えないかもしれません。ただそれでも、そうした人たちが、メジャーシーンで大成功をおさめたメタリカのように、音楽をある方向から盛り上げるのだと、私は信じています。そしてそれは、現物でもダウンロードでも、あるいはこれから主流になっていくだろうストリーミングでも、変わらないんじゃないでしょうか。