あなたが音楽ブログで年間ベスト記事を書くべき3つの理由

クソみたいな記事名でクリックを戸惑ったみなさんこんにちは@Rhangylusです(蔓延しきった手垢手法を皮肉る手法)

毎年この時期になると、大手零細問わず皆右にならえで年間ベスト記事を選出します。わかる。ヒジョーによくわかる。なぜなら年間記事っていうのは書き手や読み手にとってメリットがたくさんあるからです。というわけでそれぞれの視点でそのメリットを考えてみました。

書き手のメリット

単位作品あたりの文字数が少なくて良い

音楽作品を紹介するなり批評するなりする際、それを記事として成り立たせるにはある程度の文章量が必要とされる。文章量を稼ぐにはいくつか方法があって、例えば出身地などのアーティスト情報を書いたり、その作品の歴史的位置付けに言及したり、作品を聴いた印象を記したりだ。通常は以上それぞれの内容をそれなりの文章量にし、ひとつの記事として仕上げる。

ところがベスト記事の場合、こうした作業を行わずとも記事としての体裁を保てる。単位作品であれば文字数で成り立たせる記事の内容量を、作品数で補えるからだ。ある作品を掘り下げていくより、複数の作品の名前と少しの情報を挙げていくほうがはるかに楽である。のちに説明するが、この労力の割に年間ベスト記事の集客力は高い。自分のブログを多くのひとに見てもらいたいならば、楽にアクセスを集められる年間ベスト記事は是非活用したいところだ。

ところで、単一作品をベスト記事と変わらない程度の文章量で扱っているブログもあるが、基本的にはこうしたブログは、その目的にもよるが、TwitterやFacebookなどのSNSに移行したほうが賢明だろう。SNSのほうが広く、多く反応が得られるからだ。

アクセス数が稼げる

各種配信サービスが普及した現在、単純に作品の情報を得たいだけならばYoutubeやTwitterなどのSNSで事足りる。アーティスト名と作品名、作風に関する少しの情報と試聴先URLさえあれば十分だ。それは例えばTwitterの140字という制限内でも十分事足りるもので、かつそれ以上の情報は入れようがない程度のものだ。一方でブログだと、個人の感想や考察という、情報という意味ではノイズが含まれてしまう。さらにTwitterでは文字通り情報が“流れて”来るが、ブログではわざわざクリックして足を運ばなければならず、労力がかかる。そういう意味で、多くの作品を知る目的では、ブログは効率が悪い。

また、情報の質もTwitterとブログでは異なる。ブログでは良い作品も悪い作品も(ここでの良い悪いは品質だけでなくネタとしての意味も含む)広く紹介する場合が多いが、Twitterで流れてくるのは個人がオススメする良い作品の場合が多い。情報を集めるときに、わざわざイマイチなものに手を出す人は少ないわけで、やはり良い音楽に出会うためにはブログからの情報収集はあまり賢い選択とは言えない。

というわけで、作品情報の取得、という意味では、その量と質ともにブログはSNSに劣る

ところが、これが年間ベスト記事になると状況が変わってくる。ブログ記事内での単位作品あたりの情報量の減少とその質の向上が行われる。多くの作品を紹介するという都合上、それぞれの作品に深く言及はしなくなるため、当然作品あたりの情報量は減少する。極端な場合、アーティスト名と作品名を羅列するだけのところもある。そして年間ベストは、あるいはそれが例え年間バッドやその他ランキングだったとしても、何かしらの点で突出している作品がそこに並ぶので、情報の質も通常より向上している。さらに、Twitterでは他の情報も“流れて”来てしまうため、時間あたりの情報取得量としてはそれほど効率が良くないし、過去の情報を参照したい際にも便利とは言い難い。一方ベスト記事はたった1度足を運ぶだけで多くの情報を得られるし、ローカルに保存すればいつでも回覧可能だ。

このように、一般の記事でのSNS>ブログという情報取得ツールとしての序列が、年間ベスト記事になると一気に逆転する

ここで確認しておかなければならない重要な点がある。それは、音楽鑑賞と比べて、音楽読書(他人の音楽に対する文章を読むこと)はマイナーな趣味である、ということだ。多くの人々が求めているのは自分が良い音楽生活を送るための情報であり、他人の考察、ましてや素人の感想文などではない。その事実が、年間ベスト記事のアクセス数に顕著に繋がるのである。

自分のスタイルを演出できる

音楽は往々にして自らを着飾るアクセサリーとなる。それは自らの意思を問わない。たとえ本人がそう意識していなくても、周囲が勝手にスタイル性を読み取ってしまう。そして年間ベスト記事は、その側面が非常に強い。例えば今年のメタルであれば、DEAFHEAVENの順位。非常に聴きやすい「新しいブラックメタル」をどう評価するかでその人のメタラーとしてのスタイルが決まる。個人ブログではなく大手メディアになるが、Rolling Stone誌Stereogum誌などの非メタル専門雑誌では彼らの新作は燦然と1位なり上位に輝いている。一方でMetal専門系の雑誌ではほとんどが10位以下である。DEAFHEAVENを積極的に認めることはメタラーとして進歩的あるいはライト層であるという宣言に等しい。逆に彼らを酷評することは、メタルに対して強いこだわりを持っていることを読み手に示す。

もちろん個別記事でもこの辺りは読み手に伝わるが、年間ベストはさらにその傾向が強まる。何せ複数の作品を並べられるからだ。DEAFHEAVEN、KVELERTAKといったキャッチ―メタルの間にGORGUTSなどのガチブラックメタルを置くことで、単なるライト層ではなく進歩的な音楽を認める層ということを表明できる。あるいは読み手が全く知らないようなマイナー作品ばかりを並べることで、自らの感受性の独特さと深さを知らしめることもできる。

また、前述の通り年間ベスト記事は内容を作品の量で補っている面がある。そういう意味で、自分の音楽的センスをその質ではなく単純な量で演出できるという点でもアクセサリー性に優れているだろう。

こうした装飾としての音楽の利用は、着飾る側にとっても満足感を得られるが、読み手にとっても有用だ。そこのブログがどういうスタイルなのか、自分のスタイルとどう差があるのか、ということはそのブログの情報どう扱うかに関しての重要な情報になる。

以上のように、年間ベスト記事は書き手にとってのメリットが大きい。やはり年間ベスト記事は書くべきなのだ

読み手のメリット

こちらはもう書き手のメリットでほとんど説明している。ベスト記事は、単純に情報を取得するのに便利で効率が良い。極端な話、1年に2度、上半期と下半期にそれぞれのメディアのベスト情報をチェックしておけば、あとは読まなくても事足りる。

それでも私が書かない理由

楽しくないんだもの。

メリット一つ目の「単位記事あたりの文字数が少なくて良い」という部分は私にとって大したメリットではないんですよ。私の音楽批評の第一義は、その作品を読み解くことと、その読解方法を読者に伝えることなんですね。その作業をまえに、文字数うんぬんはまるで関係がない。確かにブログを運営していくにあたって定期的な更新や読みやすい分量はアクセス数に繋がるので考慮したほうが良い点ではあります。私だって有名ブロガーになって10000PV/日とかで「まじランギラスさんやべえ。しゃぶって」と崇められたい。崇められたいですが、それよりも何よりも、前述の意義がやはり先行するんですよ。私は、人気者になるために音楽批評をしているのではない。目的と異なる作業をすることは当然楽しくない。メリット二つ目も、同様に説明できます。私のブログは情報取得ツールとして利用するような類のものではないです(読者に対してどういう影響を与えようとしているかなど、この辺りの、私が音楽批評を書くときに注意している点はそのうち書くつもりです)

そしてメリット三つ目。これはまあ、この文章を読んでいただければわかるように、この記事が「年間ベストは書かない」というスタイル表明になってますね。私の音楽的なスタイルは、それこそ個別記事を読んでもらえればわかるでしょうし、それをわかってもらうことは、本ブログの第一義ではありませんし。

誤解されたくないのは、あくまでこれは「私が書かない理由」であって、他人に対するソレではないということです。こんだけ言っといてあれですが、私は人の年間ベスト記事を読むのがすげえ好きなんですよ。有名なひとは大概読みごたえのある記事に仕上げてきますし、そうでなくても、好きな文章書くひとがどういう音楽を好むのか、どういうスタイルで音楽を聴いてるのかって、やっぱ知りたいですよ。知って、全然知らないしやっぱすげえなこの人は、とか、意外とポップなのが好きなんだな、とか、文章おもしろいけどおれとはスタイルがあわねえし感性も違うな(だから余計におもしろいな)、とかいろいろ思いめぐらしたいんですよ。だからみなさん、どんどん書いてください。

ただ、それは読者として、であって、書き手としては、やっぱり、あんまり楽しくないな、という結論です。こういう受信側と発信側の意識の齟齬っていうのは色んな分野であるんじゃないでしょうか。もちろん今回の私の場合、「楽しくない」というふわーっとした理由なので、今後書く可能性もありますのでその時はよろしくお願いします。