カバー画像j

FLESHGOD APOCALYPSE『Labyrinth』(Death Metal):実にィ、実にブルータルッッ!

シンフォニックとメタルという組み合わせの始祖はMETALLICAかRHAPSODY OF FIREか、とにかくそんな超有名な大御所の名前が出てくるくらいには歴史は古く、その相性の良さは証明されている。

さてメタルにシンフォニックを足そう、ということになったときにどういう方法が思い浮かぶだろうか。ひとつはギターとベースは従来通りメタルリフとして働かせ、持続音が得意なシンフォ系でメロディ性を加えてやるというものだろう。もうひとつはギターやベースを弦楽器の一種としてシンフォニーに組み込むという考えである。

先に挙げたRHAPSODY OF FIREは前者に近い。こちらはメタルとしての骨格はそのままなので構造としては割と単純で扱いやすい。

一方で後者はというと、ギターを無くしてチェロを使ったAPOCALYPTICAがこちらに属するだろうか。

とはいえ彼らは極端な例で、適例というとなかなか思い浮かばない。というのもこちらの方法はメタルの骨格そのものに弦楽器を組み込むが故に、そもそも交響曲に関して造詣が深くないと成功が難しいと思われるからだ(なんかいいバンドあったら教えてください)

ではFLESHGOD APOCALYPSEはどうだろうか。ギタリストのTommaso Riccardiが<ギターは弦楽器の一部として扱うよう試みましたね(*1)>と語っている通り、後者に属する。確かに彼らの曲ではギターリフとシンフォニックは別個に鳴っていない。両者は共にリフを奏でているし、互いにメロディをぶつけ合っている。

しかし、だ。話はそう単純ではない。普通にやったら、こんな曲構成成り立たないのである。メタルギターという主張の強いパートとシンフォニックというこれまた主張の強い要素で一緒にどんちゃかやったらとっちらかって何がなんだかわからなくなるんである。当然。そう、当然彼らにしても例外ではない。はっきり言ってギターと弦楽器が両者低音側を奏でている部分は音が混然となって何がギターで何がシンフォニックなのか良く分からなくなっている。さらにそこに激烈なブラストまで入ってくるものだから、この手の音楽に慣れていないと「ダーーーーッ」という音のカタマリにしか思えないだろう。

そう、だからこそ、だからこそ良い。

忘れてはならないのは、これがブルータルデスメタルだということだ。デスメタルの暴力的な部分だけを追い求めた音楽。怒涛の勢いで視聴者をなぎ倒す暴虐メタル。この界隈にあっては「混然となって良くわからない」というのはその暴虐性を証明する褒め言葉でさえある。

彼らがシンフォニックを大々的に導入したのは前作『Agony』からで、それ以前はしっかりブルータルなテクニカルデスメタルである。Tommasoも<それまでのアルバムでも部分的に使っていたオーケストラを“追加”したという事実は、進化の問題でした(*1)>と語っている。そう、以前彼らの骨格はデスメタルであり、デスメタルとして進化していく過程でシンフォニックを取り込んだということなのだ。それ故にこの音の混然さは“分離の悪さ”とはならずに“怒涛”として機能しているのである。そうしてシンフォニックの持つ流麗さを、暴虐の中に吸収してしまったのである。

本来ならば繊細な扱いが必要な交響のメタル骨格への取り込みを、圧倒的な力でデスメタルへと昇華してしまった本作は、構造的にとても乱雑で実にブルータルでデスメタル。ULCERATEPORTALと並んで、この界隈の極限として君臨するだろう。しかもその二つのバンドと違い、シンフォニックという汎用性のある特徴から、激ロックで紹介されるほどには売れ筋として、だ。

*1 Metal Assault「Fleshgod Apocalypse Frontman Discusses New Album ‘Labyrinth’」 2013-7-20

カバー画像

HOWL『Bloodlines』(Sludge Metal):バンドの成長は必ずしも作品の良さに結びつかない

前作から3年の月日を経て発売された本作。前作が好きで新譜を心待ちにしていた私からすると、なななななんじゃこりゃ別バンドかよっ!!という感じです。それほど変わってます。とりあえず聴いてみてください。

前作

本作

 ね。

ということで前作と本作を比較してみます。

『Full of Hell』

ミドルテンポ主体の鈍重ハードコア。音割れも辞さない攻撃的かつアナログな音質。で、フレーズが強烈にダサい。ダサい、というのはベタとか古いとか言い換えても良いが、ともかく「よくこんなフレーズでゴーサイン出したなあ」という垂涎フレーズが目白押しなのである。こういうフレーズを奏でるバンドには「ダッサwダッサw」と言いながら下半身丸出しでエヘラエヘラ喜ぶのが通常なのだが、これが割とまともに、現代的なスラッジの文脈でかっこいいのだった。これは前述の攻撃的な音質が故である。雑然とした印象の音がフレーズの輪郭をぼやけさせている。これによってフレーズのダサさは薄れ、一方で音のまとまりのなさをその即効性によって補填する。やたらとシンバルをうるさく打ち鳴らすドラムや、獣の力強さを秘めたグロウルボーカルもそういう意味でとても良い方向に働いている。

『Bloodlines』

さて問題は本作である。目立つ変化はふたつ。ひとつ目が疾走パートの大々的な導入。そしてもうひとつが音の硬質化である。攻撃性という点で言えば鈍重パートが主体のバンドにおいてはその速度の対比が活きて良い方向に働くし、音のほうもバンドの成長といっても良いくらい編集技術的な意味で向上している。にもかかわらず、作品としては圧倒的にトゲが抜けている。

これはバランスの問題である。前述の通り、前作はフレーズと音質がうまい具合に混ざってその攻撃性を発揮していた。その音質が変わって、まとまりの良い方向に行ってしまったため、フレーズのダサさがそのまま発揮されることになってしまった。ドラムやボーカルにしても前作より整っていて、たとえばシンバルは明らかに控え目になっているし、ボーカルのグロウルも地声多めで時にメロディを追従するようになった。そのせいもあって、疾走パートも鈍重パートとともに活きる働きではなく、単純にいわゆる疾走メタル的な意味あいが強くなってしまっている。

メジャー化。一言で言えばそうなるだろう。こんなメジャーな音でメジャーな曲をやるバンドはたくさんいる。彼らの個性はメジャー化したことで失われたのである。

そう、メジャー化というと通常は曲の攻撃性が薄れ、大衆向け、売れ線志向になることを指す。これはヴィジュアル界隈でよく見られる現象で、たとえば以下の例がわかりやすい。

( ^ω^) ここにムックがおるじゃろ
⊃絶望⊂

( ^ω^) こうして
三⊃)(⊂三

( ^ω^) こうじゃ
⊃「会いたい」とドアを叩いて⊂

ただ、HOWLの場合、メジャー化という言葉に含まれるような軟質化、売れ線志向、というのは本人たちの中にはないようだ。インタビューを読むと、むしろさらに攻撃的になりたい、バンドとして成長したいという強い意志が感じられる。

 we definitely wanted a more aggressive metal record. (…) We knew we wanted this new album to sound bigger…(*1)

 さらに攻撃的なメタル作品にしたかったんだ。(中略)もっと音を成長させたいと考えていた。

確かに音楽編集技術という点では、本作は圧倒的に前作より向上している。バンドとしてより高みに行くために、自分たちで意識的に機材を考慮し、技術を磨いたということだろう。たとえばこれがレーベルが変わった、より大きいレーベルに移った、ということであれば、受動的に録音環境も良くなったからだとも考えられるが、彼らは当時からRelapseというこの界隈では大手の所属である。契約の関係でお金をたくさん使えるようになった、というのはあるかもしれないが、基本的にこの音質の変化は本人たちの向上意欲の表れだとしていいだろう。

ただし、ここまで書いた通り、この分野に関しては技術力がついたからといって必ずしも良い作品ができるとは限らない。いや、むしろ悪い方向に働くことが多い。例えそれが音楽制作者としての成長意欲に根ざしていたとしても、だ。前作~本作の流れはそうした創作活動のもどかしさを感じられる見事な例と言えるだろう。

補足

ちなみに前作からギタリストが変わっている。Andrea Blackという女性ギタリストが抜け、Josh Durocher-Jonesというけったいなメガネさんが加入。とはいえ中心人物は結成に関わったもうひとりのギタリストVincent Hausmanのようで(*2)、このメンバー変更は音楽性の変化に直接的な影響はないと思われる。

メタル界では貴重な女性ギタリストのAndrea氏だが、HOWL脱退後はA STORM OF LIGHTに関わっている様子。そういえばA STORM OF LIGHTも近年メジャー化しているような気もするのであった。ひー。っていうか17日に新譜出てたのかよ!やだ!買わなきゃ!

あとアタクシ、ムックのメジャー化にそんなに否定的じゃないっす。