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CULTURA TRES『La Cura』:ベネズエラの戦慄。(Sludge Metal)

カバー画像

ネットの発達と音楽の質の向上

http://d.hatena.ne.jp/hase0831/20130407
「音楽がミュージシャンのところに帰ってきた」 – インターネットの備忘録

上記記事で紹介されている本は主に音楽活動の経営の話を扱っています。とてもおもしろい本なので是非。

<ミュージシャンが手にした3つの手段>(製作手段、広報手段、頒布手段)によって、以前よりも多くのひとが音楽を発信できるようになってます。そして私たち聴き手、あるいはレコード会社は、ネットを通じて容易にその情報を受信できるようになったんですね。かつては雑誌やライブ、口コミを駆使しないと知りえなかったような音楽作品に、自宅でクリックを続けるだけで触れられる。私みたいな出不精でデブ症な引きこもりでも、Youtubeで再生数の少ない前衛的な音楽を聴いて「フヒッ、やっぱりボクがいちばん詳しいんだよね」と悦に浸ることができるわけです。我々ひとりひとりが接することができる音楽の数は、飛躍的に上昇したと考えてよいでしょう。大量の音楽にさらされた聴き手の耳は肥え、ぜんえーてきなの、ぜんえーてきなのがほしいのぉぉぉ!と日夜電脳世界をさまようってわけです。

言うまでもなく、ミュージシャンも聴き手です。大量の音楽を聴くことは、そのままミュージシャンとしての骨格の太さに繋がります。大量とまでいかなくても、ある著名ミュージシャンの名盤とその周辺のフォロワーをいくつか聴けば、そのジャンルの方法論はある程度見えてくるものです。方法論がわかってしまえば、あとはそれをチョチョいと使えば私でもそのフォロワーの仲間に入れちゃう。コミュ力を必要とする学生の「仲間」や、命を張らなければならない海賊の「仲間」と違って、たやすく、それはもうたやすく!

その方法論を実現するための音楽制作環境も、以前とは比べものにならないくらい発展しました。そこそこのパソコンとやる気さえあれば、多重録音から編集まで手軽に行えます。「10連ファズ踏み倒したい!」、「ギター25本重ねたい!」。ええ、ええ、簡単プラグイン無料です。「ギター下手なんだけど……」。ええ、ええ、ツギハギ楽勝です。「友達いないんだけど」。ええ、ええ、ドラムとベースは打ち込みで独りプロジェクト余裕です。

というわけでギター1本とパソコン1台、それと『Loveless』1枚あれば、誰でもMY BLOODY VALENTINEフォロワーになれると言ったら過言かもしれませんし大量の敵を作ることになりそうなので「そんなことないよ!」と言っておきますが、ともかく楽曲制作がいろいろな面で容易になったことである程度の品質の音楽が生まれやすくなったと言えるでしょう。

こうした状況で、未来を担う志あるミュージシャンたちは、どうやって他の音楽作品から抜きん出るか、どうやって聴き手に目をつけてもらうかを考えなければなりません。あるいは我々聴き手は、どうやってすばらしい音楽を選び出すかを考えなければなりません。

差別化の手段としての地域性とその発現

そのひとつの手段、指標としてあげられるが地域性です。地域性には、その地域独自の旋律や言語、楽器を取り入れるという直接的なやり方と、その地域の風土に強く触れることで音楽に「地域」が宿る間接的なやり方があります。二つのうち私が重要だとおもっているのは後者です。

たとえば日本にはSiMというバンドがいます。メタルコアを基本としつつ、レゲエを積極的に取り込んでいます。レゲエといえばジャマイカですが、彼らの音楽からジャマイカ性は出ているでしょうか。ノーッ!微塵も。たとえばデビュー作『SEEDS OF HOPE』のプロモーションビデオがある作品、すなわち代表作である「KiLLiNG ME」は全くレゲエ要素がありません。これは彼らにとってレゲエは執着すべき思想ではなく、ひとつの単なる音楽ジャンルであることを示唆しています(当然ですが、SiMが悪いというわけではありません。あくまで地域性がない、というだけです)

一方SYSTEM OF A DOWN。メンバー全員がアルメニア系アメリカ人のこのメタルバンドは、公式サイトにあるようにとても政治色が強い。そしてその政治色の強さは確実に彼らの出自に関係しています。曲に関して言えば、アルメニア風らしきメロディが各所で使われているものの、アルメニアという国の音楽の認知度はレゲエに遠く及ばないことから直接的な意味での地域性はそう強くありません。にもかかわらず彼らの音楽からは強烈に「異国」の力が感じられます。出自の政治的な立ち位置が原動力になり、音楽に地域性が宿ったのです。


単純にふざけてるからそう思えるだけかもしらん……

もちろん地域性は政治に結びつくとは限りません。たとえば我々日本が世界に誇れる文化、ANIME & HENTAI。それを体現したのがアンティック-珈琲店-を発端とした男の娘系ヴィジュアルゲイバンドであることは認めざるを得ないでしょう(なに、認めたくない?そいつはニャッピーo(≧∀≦)o(顔文字は発音しない)な話だぜ……)。そしてその地域性を遠く北欧のスウェーデンのジャパニーズヴィジュアルゲイマニアYOHIOが発現させていることを踏まえると、やはり、音楽作品で地域性を発揮するには、その地域の音楽を取り入れるだけではなく、その地域の文化を理解して宿すことが重要だと言えるでしょう。

ようやく本論

さて前置きがクソみたいに長くなりましたね!なに、クソはコロコロとしてて長いもんじゃない?ははぁ便秘症のかたがいるとは失礼しました。それでは、言い直します。前置きが私の快便のように長くなりましたね!はい、こういうことをしているから記事が長くなるのです。ごもっともです。でもやめません。

そろそろこの記事がとある音源のレビュー記事だということを皆さんお忘れかもしれません。改めて紹介しましょう。今回紹介するのはベネズエラのスラッジメタルバンドCLUTURA TRESのデビューアルバム『La Cura』です。

彼らの特徴は、やはりベネズエラというその国です。ベネズエラといえば……その先は言わなくてもわかりますよね?

というわけで本バンドがいかにベネズエラの戦慄ことカルロス・リベラの特性をはらんでいるかを検証していきます。ヘイヤハーッ!

あっ、あっ、まって!無表情で無感情にページを閉じないで!やめるから!なるべくまともに議論するから!

そうそう、ここまで読んでくだすったあなたですからね、多少の茶目っ気は許してもらえると踏んでたんでさあ……ヘヘヘ……。

必死です。

満足したところで、それではひとまずジャケットを見ていただきましょう。

ベネズエラの有名産油地マラカイボ湖、採油機、そこにぶら下がる人々と国旗(手前からベネズエラ、イラクっぽいの、イランっぽいの)……。一目で政治的な批判が込められていることがわかるでしょう。

歌詞に関してもそういう傾向は強く、たとえば#8「Third World Sentence」なんか曲名からして完全に発展途上国と先進国の対立を意識しています。また、#4「My Word」のように北米への敵意むき出しな曲もあります。

don’t you see the truth?
and I wrote my visions on that book
read it to the world
spread the word of god, spread the word of god
my Word
my War

真実が見えるか
例の本に俺の考えを書き込んで、世界に向けて読み上げた
神の言葉の蔓延、神の言葉の蔓延
俺の言葉
俺の戦い

先々月に死亡したベネズエラのチャベス大統領は反米派として有名でしたが、そういう意味でチャベス政権色の強い内容の作品と言えます。ボロッ(ネットでいっしょけんめえに付けた焼刃がこぼれ落ちた音)。とはいえこうした反米感情/反先進国感情というのは途上国であればどこにでも根付いているものでしょう。実際彼らもジャケットでイラクやイランの国旗も模していることからも、ベネズエラ一国ウンヌンではなく搾取する側と搾取される側という構造に意識が強いと思われます。そしてそうした大局的なものの見方が故に、彼らの感情は搾取する側だけではなく、搾取される側にも向けられていると見えます。

搾取される側に向けられる感情とはなんでしょう。ベネズエラ人の国民性は<激烈さ、突風性、ばか騒ぎの傾向>と評される一方で、<平和で従順な性格>とされてもいます(*1)。搾取されることに甘んじてしまう一部の国民。そしてその国民性について心から理解できてしまう自分。怒りと不満と同情の入り混じった感情。

もう一度注意深く歌詞に目を向けてみると、単純な不平不満や皮肉で欧米を攻撃しているわけではないことがわかります。それよりも感情の揺れを記述したり、自身の鼓舞や誰かへの啓蒙を表現したりしている部分が多いように思えます。

face the eyes of hunger and sickness
and meet the point of no return
now try to judge them
now try to blame them
third world sentence
our sentence

飢えと病を直視しろ
もう後戻りはできない
今、あいつらを裁くんだ
今、あいつらを責めるんだ
第三世界の判決で
俺たちの判決で

#8「Third World Sentence」

搾取する側へ怒りを向けるだけではない。搾取される自分たちへの複雑な感情を抱えながら、それでも前へ進もう、自らが率先して発信していこうという激烈さが、<俺の言葉>や<俺たちの判決で>という歌詞に込められているのではないでしょうか。

もちろんそうした感情は曲にも多分に現れています。EYEHATEGODの系譜にある怒声を張りあげ弦をドルゥンドルゥン震わせながらドッカンドッカン進撃する#5「No Mas Sangre」、気怠い重苦しさを引きずる#8「And Then I Woke Up…」、そしてそれらが同居した#1「A Brighter Light」。重低音リフとそこからプロミネンスのように吹き出すギターメロを駆使して、押し引きの効いた展開を聴かせてくれるそれらの曲からは、彼らの感情の奥行きがそのまま感じられるようです。

本作には南米特有の楽器や旋律が使われているわけではありませんし、歌詞もほとんど英語です。また、音質や編集技術もメジャーなメタルバンドと同じ土俵に立てる程度に洗練されています。それにもかかわらず、欧米諸国にはないような土臭い感情が喚起される。それこそが前述した地域性であり、本作では彼らのベネズエラ出身という特性が十分に発揮されていると言えるでしょう。

そうした部分抜きにしても、単純にスラッジコアとしてめちゃめちゃかっこいいです。ともすれば単調に陥りがちなスラッジドゥーム界隈ですが、見事なアレンジで退屈させずにその鈍重な攻撃性を発揮しています。5月に新作『Rezando al Miedo』が発売されますので、本作とあわせて力強くおすすめしておきます。

次は2011年作『El Mal Del Bien』をレビュー予定デス。ヘイヤハーッ!


クソゲロかっこいい。

  1. *1 新藤通弘『革命のベネズエラ紀行』、新日本出版社、2006年
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