カバー画像

CRIPPLED BLACK PHOENIX『(Mankind)the Crafty Ape』は音楽の命令によって作られたらしい。

まずはアルバム構成を見ていただこう。

  1. Nothing (We Are…)” (Chapter I: A Thread) 1:25
  2. The Heart of Every Country” (Chapter I: A Thread) 10:04
  3. Get Down and Live With It” (Chapter I: A Thread) 7:11
  4. (In the Yonder Marsh)” (Chapter I: A Thread) 4:11
  5. A Letter Concerning Dogheads” (Chapter I: A Thread) 6:24
  6. The Brain / Poznan” (Chapter I: A Thread) 7:37
  7. Laying Traps” (Chapter II: The Trap) 4:45
  8. Born in a Hurricane” (Chapter II: The Trap) 3:31
  9. Release the Clowns” (Chapter II: The Trap) 5:23
  10. (What?)” (Chapter II: The Trap) 1:35
  11. A Suggestion (Not a Very Nice One)” (Chapter III: The Blues of Man) 5:54
  12. (Dig, Bury, Deny)” (Chapter III: The Blues of Man) 2:08
  13. Operation Mincemeat” (Chapter III: The Blues of Man) 6:58
  14. We Will Never Get Out This World Alive” (Chapter III: The Blues of Man) 4:12
  15. Faced With Complete Failure, Utter Defiance Is the Only Response” (Chapter III: The Blues of Man) 14:50

チャプター3!冗長なタイトル!短尺曲と長尺曲の混在!そしてCD2枚組み!プログレッシブうんたらであるとか、ポストうんたらであるとか、そういうめんどくせー音楽の類が好きな我々自覚者はヨダレがとまらぬでありましょう!

中身もご期待どおりで、ミドルテンポ以下の哀愁をおびた合奏→アンビエントでほわーん→ミドルテンポ以下の哀愁をおびた合奏→……をひたすら繰りかえしております。エヘエヘエヘ。いや、え、おめーら自覚者はそれでいいかもしんねえけど、それ、一般人は飽きねえの?という心配もありましょう。心配ござーやせん。

まずスーパーバンド(よせあつめともいう)だけあって楽器の数がおおい。単純な音の豊富さ!飽きない!そしてそれをまとめあげるだけの中心人物Justin D Greavesとその仲間たちの手腕……。彼らの才能については過去現在の関係各所の名前をあげていけば理解していただけることでしょう。ELECTRIC WIZERD(Justinが過去在籍)、IRON MONKEYS(Justinが過去在籍)、Dominic Aitchison(MOGWAI、過去に本バンドに参加)、Joe Volk(ex. PORTISHEAD、過去に本バンドに参加)、Stephen O’malleyとGreg Anderson(SUNN O)))、JustinがTEETH OF LIONS RULE THE DIVINEをいっしょにやった)……。こういうひとらがこのバンドの才能を認めている、ということです。や、もちろん私だってこのように印籠をふりかざすようなことはしたくない……。ただそれでこの場がおさまるのであれば、わざわざ私の頭のなかのスケさんカクさんをけしかける必要もあるまいて。

今回はリズムと唄が必ずセットで、アンビエントはつなぎの役割。場面転換がはっきりしていて、その面は過去作との比較でいえば、聴きやすくなっている。このへんはアルバム発売前のインタビューでも語られている。

Maybe this is the CBP ‘rock album’, I mean, there are the usual miserable parts and dark/subversive subject matter

おそらく、今回は僕らの「ロックアルバム」になるでしょうね。っていうのは、いわゆる感傷的なパートや、暗くて破壊的な題材があるからなんですけど。(拙超訳)

ね、「ロックアルバム」だから。そりゃ聴きやすいのよ。

唄モノ要素がふえると必然的に聴きやすくなるためポストロック的高尚さ難解さは減衰するの法則がありますが、そのへんはアルバム構成にあらわれているような真性っぷりで抑えている。彼の真性っぷりをあらわす以下の発言を見てくださいな。

I believe it’s the music that dictates to us and we are merely tools to get it into the real world, kind of like custodians of the musical story…just trying not to fuck it up.

僕は信じてるんですよ。僕らは音楽が現実世界にでてくるための単なる道具で、音楽がそう僕らに命令してるんです。丁度ミュージカルの管理人みたいに、ただ台無しにしないようつとめるんです。(拙超訳)

お、おんがくがめいれいしてくる……。あの、あのラジオをとおして命令してくるんだ……っ!!

というわけで我々自覚者はもちろん、ちょっと知的にふるまいたいロック者にもおすすめしたい逸品。

そうそう、今作とは関係ないけど、Justin Greavesのこの発言は引用しときたい。

We only think about the length when it becomes an issue of fitting it onto CD or vinyl, but then we come up with a way of releasing it as the complete thing, and being as uncompromising about it as possible.

作品の長さを意識するのは、CDやレコードにどうやっておさめるか考えるときだけですね。もちろん、できるだけ妥協せず、完璧な形として発表します。(拙超訳)

ほんとはもうすげー長い作品つくっちゃいたいけどちゃんと「CD用」にしてるわけですよ。それは作品のよしあしとは直接関係ないけど、こういうとこに意識的な音楽家が、音楽配信の普及で激震している現在の音楽界をつぎの段階へとひっぱっていくんじゃねえのかなーとおもいました。

ちなみにジャンル欄の「not “Post-Rock”」は彼らのFacebook略歴を尊重しての表記です。

Top five (5) misconceptions about CBP

1. CBP are a Bristol band.
2. CBP are a Mogwai/Portishead side-project.
3. CBP are “post-rock”
4. CBP are a “collective”
5. CBP stands for “Crippled Bastard Phoenix” / “Crippled Back Penis” / “Canadian Border Patrol”.
6. There are five (5) misconceptions about CBP

CBPに関する誤解上位5つ

1. CBPはブリストルのバンドである。
2. CBPはMOGWAIあるいはPORTISHEADのサイドプロジェクトである。
3. CBPは「ポストロック」である。
4. CBPは「よせあつめ」である。
5. CBPは”Crippled Bastard Phoenix” / “Crippled Back Penis” / “Canadian Border Patrol”の略称ではない。
6. CBPに関する誤解は5つである。

よーするによく吟味せずカンタンな枠だけで判断すんな、っていう皮肉のきいたジョークですね。

アタシ男だけど、ZOMBIE LOLITAに入りたい:大槻ケンヂ的少女観にて

ようやく

ZOMBIE LOLITAを おうえんして くれよな!

いいわけ

はじめに断っておきますが、本記事はZOMBIE LOLITAという集団が持ちうるであろう特性についての内容であります。現在ZOMBIE LOLITAに所属している個々人が後述する少女たちのような性格をもっている、ということではありません。あくまでも集団そのものについての考察です。

ほんぶん

近頃話題のZOMBIE LOLITA(ゾンビロリータ、通称ゾンロリ)という集団がいます。とりあえず動画を見てもらえますでしょうか。

ひとによって感想はちがうでしょうけれども、とりあえずなんか強烈なことは伝わったとおもいます。

ZOMBIE LOLITAは以下のような集団のようです。

  • 団長を中心人物とした「最速の美術団」
  • 構成員は団長+30数名の女ゾンビ+数名の女装ゾンビ(演奏担当?)
  • 10を超えるユニットがある
  • 演奏がおもだが、寸劇っぽいこともやる模様

ここでAKB48、ハロープロジェクト、さくら学院といったアイドル集団を思い浮かべたかたもおおいでしょう。実際にそうしたアイドルのゾンビ版といった指摘はネット上でもされているようです。私もそうした見方には概ね同意です。

近ごろはBiSやBABYMETALなど、アイドルの音楽や表現形態が過激化していることをふまえ、ZOMBIE LOLITAをそうした風潮の極北であるとして語るとおもしろい記事になりそうです。ただ、私はアイドルにはあまり詳しくないのでそれはどなたかにまかせることにします。

私がZOMBIE LOLITAで非常にステキだとおもったところは、過敏な自意識を持ちアンダーグラウンドに興味をもつ少女たち――以下、そうした少女たちの精神考察に長けていた大槻ケンヂ氏に敬意を表してオーケン少女と便宜的に名づけます――の受け皿として機能するであろうことです。

大槻氏の名著『ボクはこんなことを考えている』ではおもにバンギャに焦点があたっていますが、ここではもう少しひろく、上述の精神的特長をもちつつバンド、サブカル、白塗り、ゴスロリ、詩、絵画、写真などのサブカルチャー/アンダーグラウンドな文化に興味をもっている少女たちを対象とします。

オーケン少女は過敏な自意識から日常へ閉塞感をおぼえます。そして日常と理想の世界との乖離から「ここではないどこか」へと身を投じ「アタシのいばしょ」をさがします。大槻氏は下記のように分析しています。

この年頃っていうのは、いちばん自己顕示欲が強くって、さらに自分が何者であるのかを知りたくって、延いては自分が今この世に存在しているってことを認識したい年齢なわけだ。ところが、学校生活にも家庭においてもそれを確認することができない場合、何か他の手段で自分の存在を確認したくなる。(大槻ケンヂ『ボクはこんなことを考えている』、角川文庫、1996年、192-193ページ)

このように、「アタシのいばしょ」探しの背後には、強大な愛情欲求や尊敬欲求、自己実現欲求があります。前者ふたつを満たすために、たとえばバンギャはサイゼンを確保したり、オキニになったりするわけです。また一方で、自己実現をするべくバンドにならってギターを弾いてみたり、詞をしたためてみたり、あるいは絵を描いてみたりします。

ZOMBIE LOLITAはこうした少女の欲求の担い手となりえます。<心身ともに健康な方。 女性/ベーシスト.ギタリスト. ボーカリスト、ダンサー、役者など。 キーボード、ピアノ、各楽器、DJ、ビデオ班などなど。 ZOMBIE LOLITAの活動に共感し表現に情熱がある人の参加を常に求めています。>と公式サイトに書いてある、開かれた芸術ゾンビ集団に所属し、交流し、ステージのうえで注目されることは、うえにあげた欲求すべてを満たす可能性を秘めています。こうしたアンダーグラウンド界の少女学校とでもいうべき機能がZOMBIE LOLITAには備わっています。そしてその学校生活は、確実に彼女たちの芸術欲を刺激し、あるいは才能を開花させることでしょう。

中心人物である団長氏はグラインドコアを筆頭に音楽全般に造詣が深いようです。同時に写真編集や絵のプロフェッショナルでもあります。また、ZOMBIE LOLITAはストロベリーソングオーケストラやぐしゃ人間など、そのスジでは有名なバンドとも交流があるようです。さまざまな方面の芸術活動に造詣が深い指導者のもとで、芸術家たちにふれながら芸術家側の環境に身をおくことは、ゾンビたちの感性を研ぎすまします。そのなかでじぶんの肌にあった芸術活動を見出すゾンビがでてくるでしょう。あるゾンビはギターを弾き、あるゾンビは絵を描き、またあるゾンビはボイスパフォーマンスに目覚める……。そこにはZOMBIE LOLITAに所属していなければ埋もれていた才能だってあるはずなのです。

そう、ZOMBIE LOLITAは、おおくの表現形態において、日本のアングラシーンの巨大な交差点、母体となる可能性を持っているのです。やだステキ!

そしてもちろん、一部のゾンビたちは、各種欲求をうまく手なづけられるだけの歳月を重ねたことで、ふつうのニンゲンにもどることもあるでしょう。それでも若き日の屈折した衝動をこういう形で発散できたらすごく健全です。それでたとえば結婚して、子供に「お母さん実は昔ゾンビだったんだよ、アハハハハ」って笑って、すごくステキな人生です。

というわけで精神的にオバンギャなのになぜか男なアタシとしては、ステージ上にひしめくゾンビたちが非常に輝いてみえ、ただただうらやましい限りです。アタシ男だけど、ゾンビになりたい!

以下リンク。だれかが指摘したほうがよいことなので私が犠牲になりますが、公式サイトがちょっと見にくいです……。WEBデザイナーゾンビどこー!?

公式サイト:http://www.nekoten.net/zombie/zombie-top.html
YouTube:http://www.youtube.com/user/TeijinChana?feature=watch

ネット上でカッコツケるひとびと:「芸術家の作品と性格」問題を横目に考えた

きっかけの記事

あなたは、「「いい人」が創作したものを読みたい」のだろうか?それとも、「いい人かどうかはどうでもいいから、とにかく素晴らしい創作物が読みたい」のだろうか?

自分では後者のつもりでも、実は前者だった、という人は案外いる。

人格と創作物を切り離せない人は、SNSで好きな作者さんをフォローしない方がいいかも知れません」(しんざき氏『不倒城』、2013年1月13日付け)

芸術家の性格の善し悪しによって芸術家とその作品への評価を変えること(以下当記事では「性格に影響される」と表記します)への考え方が冒頭記事の内容です。そのなかで、引用部の、後者のつもりでも実は前者だったというひとってどういうこっちゃ、といろいろと考えてみた結果を以下に書いていきます。

芸術家の性格に影響される場合

さて、まずは前者的な、芸術家の性格に影響されている発言をまとめていきましょう。まずひとつ目。

渋谷慶ー郎ってツイッターで損するタイプのアーティストだなって前書いたらエゴサーチでRTされた挙句ブロックされた

これは、渋谷氏がじぶんの顔写真ステッカーが勝手に配布されていたことにTwitter上でブチぎれた件をうけての発言でした。SNS上での言動がアレなことによって作品ふくめた全体をアレな目で見られてしまうことをして「損するタイプのアーティスト」としていると思われます。そしてその後の例が実際の「損する」行動になっていますね。

上の方の発言はネタ色が強いですが、最近別の方によるこういう発言もありました。

(きこえますか・・・ツイッターやってるバンドのみなさんきこえますか・・・・いますぐその「エゴサーチしてRT」をやめてください・・・サブいです・・・人気アピールはダサいです・・・曲聞いてフォローしてガッカリ被害が多発してます・・・いますぐやめるのです・・・)

これはバンドマンのある行動を、テンプレを使ってやわらげてはいるものの、直接批判しています。「曲聞いて」という流れがあること、またわざわざこうした表明をしていることから、「ガッカリ」は作品や芸術家としての評価の部分に対しても影響を与えているとおもわれます。そして1月15日現在でリツイート数が95、お気に入り数が34あるということは、同意者がおおいということです。(そしてこの件にはエゴサーチとエゴRTの話もからみ複雑な事案……別途記事にしたいところであります)

さらに、「今夜お前をASHDAUTAS VRASUBATLAT」事変というブラックメタル界ではたいへん有名な出来事がありました。

ASHDAUTAS VRASUBATLAT。2ちゃんねるブラックメタル板で「日本のSORTSIND!」「日本のSILENCER!」(意訳:「キチガイ好きなオレ」を演出するのに最適!)という煽り文句で評価されていたブラックメタルバンドがいた。ある日、ASHDAUTAS VRASUBATLATがサイドプロジェクトでへびーめたるにーそっくすという萌え萌えなことをやっていることが板住民にばれた。その結果、由緒ただしきブラックメタラーたちは「SORTSINDやSILENCERのパクり」(意訳:これじゃ「キチガイ好きなオレ」を演出できねーからクソ)と近年まれにみる見事な掌がえしでASHDAUTAS VRASUBATLATを罵倒しだしたのだった……。

ブラックメタルという芸術の末端領域の話ですし、直接的に芸術家の性格に影響を受けているというわけではありません。しかし、芸術作品以外のことがらで作品に対する評価が真反対に変わることがあるという好例ではあります。

芸術家側からの発言など、ほかにも探せばこの手の発言はネット上にたくさんあります。

Yahoo!知恵袋で質問されてるよ

さて一方で、Yahoo!知恵袋でこんな質問があります。貴方も回答を考えてみてください。

若干内容がちがったり、回答がずれていたりもしますが、9対2で「芸術家の性格に影響されない」、冒頭でいう後者側が多数です。

これはTwitterおよび2ちゃんねる利用者と、Yahoo!知恵袋利用者のアーティストに対する意識のちがいのあらわれかもしれません。そしてまた、これはその発言形式による差でもあるでしょう。すなわちTwitterや2ちゃんねるは実際の出来事への反応行動であり、Yahoo!知恵袋は想定上の問いに対する回答であるという差です。

ひとは「カッコイイ」回答をしたがる

ここで確認です。たとえば下記のような2種類の発言、どちらがより「カッコイイ」と感じますか?

アーティストは作品で評価されるべきだ。たとえ幼児性愛者だろうとなんだろうと、彼の作品がすばらしいという事実は変わらない。私は彼自身ではなく、彼の作品に惚れているのだ。(32歳、レコードショップ経営)

もぅマヂ無理。ぁぃつロリペドだったみたぃ。ちょぉ大好きだったのに。ホントきもちわるぃ。今CDぜんぶすてた。 (14歳、バンギャ)

誘導的なのは百も承知ですが、断然前者がカッコイイですね!前者は作品に対して真摯なかんじがします。一方で後者は芸術家をアイドル的に見ているような、ミーハーな感じがします。繰りかえしますが、誘導的なのは百も承知です!

公共の場で質問に答える場合や意見を表明する場合、よりカッコイイ回答をしようとするのは自然です。たとえそれが実際のじぶんの行動と食いちがう答えだとしてもです。だからYahoo!知恵袋で――他のコンテンツ界隈のひとからはYahoo!知恵遅れなどと揶揄されるようなサイトなのに――カッコイイほうの「回答」がおおく、にもかかわらずYahoo!知恵袋を揶揄している側の2ちゃんねるやTwitter上で真逆の「行動」が散見されるのです。これはまさにダブルスタンダード――はいいすぎな気もしますので、ここでは「カッコツケ」とでもしておきましょう。

このカッコツケは、作品の受け手だけでなく芸術家側でも起きます。作品を世の中に出す以上は、その作品は世の中を意識したカッコイイものになりうるからです。そしてそのカッコイイ芸術作品に惹かれて芸術家の言動を追ったひとびとが、理想と実際の乖離を目のあたりにしたときに幻滅させられるのです。

まとめ

カッコイイじぶんと実際のじぶん。ひとりの人間がそういう二面性をもっていることは極めてふつうです。カッコツケ自体は悪ではありません。ただしカッコツケてることを指摘されると恥ずかしいのは事実。カッコツケたらつらぬきとおしたいものです。ちなみに私も本ブログで「俺は買うのをやめるぞ!CDーッ!!」などとカッコイイことをいっています。しかしながらWORSHIP『Terranean Wake』がダウンロード販売されないというまことに嘆かわしい事実に直面しており、毎日寝るまえにゴボゴボゴボゴボゴボ……とフューネラルなうめき声をあげています。みなさまもカッコツケるなら慎重にどうぞ。

よくわかる音楽レビュー3つの系統:それぞれの特徴、利点、欠点

音楽レビューはおおきく以下の3系統にわけられます。

ポエム系

特徴

じぶんの心象風景を語彙や修辞を駆使して表現する。音楽を言語で翻訳。二次創作にちかい。

利点

詩的な意味での文章作品としてたのしめるほか、その心象風景を作品解読の糸口にできる。

欠点

読んでも音楽的なことはあまり理解できない。あとたまにイタい。

最近2chでさらされて一躍有名になった新しい人のレビュー。

世界の終わりを大好きな女の子と眺めている感じ。

廃墟でじゃれあってるような、血の海でキスをするような、とにかくそんな感じ。

満員電車ではこれを聴きます。

目を瞑ると。

とても暗くて残酷な世界。

あまりの凄惨さに少し居た堪れなくなるほどの光景。

オワルセカイ。コワレルキミ。

悲しいね。

だけど現実よりもよっぽど綺麗だ。

(WORLD’S END GIRLFRIEND『The Lie Lay Land』、Amazon.co.jpレビューより)

極端な例ですけれども、これを読んでもWORLD’S END GIRLFRIENDが電子音楽ってことはまったくわからないけれども世界観だけは伝わる。これぞポエム系。

ライナーノーツ系

特徴

作品に関わった人々、出来事、機材などの情報をあげていく。ミュージシャンの情報をよく得られるプロが得意な方法。

利点

単純に情報源として優れている。関連作品へと繋がる。

欠点

固有名詞がおおいためわからないと疲れる。読み物としてはあまりおもしろくない。

お手持ちのライナーノーツで該当箇所をさがしてみてください。

成分分析系

特徴

他の作品との比較などから、作品の音楽的特徴や歴史的位置づけを考察する。

利点

作品を音楽体系のなかで理解する手助けとなる。関連作品への興味を刺激し、それらを聴く際にも役立つ。

欠点

専門用語がおおくなりがちなうえ、比較対象への知識もある程度要求されるため敷居がたかい。

メタルコアの起源はメロディックデスメタルバンドのご存知IN FLAMESだとおもうんだけども、大体のメタルコアバンドはデスメタルを主要成分として吸収している。一方で彼らはメロディック成分とデスメタル成分を等しいものとして扱っているような。

(SAILING BEFORE THE WIND『Judgement EP』で日本メタルコア界の未来についておもう。、当ブログより)

我田引水で申し訳ないのですが……。たとえばメタルコアとメロディックデスメタルのつながりを意識できますし、「メロディック成分とデスメタル成分をわけてとらえる」という聴き方を参考にできます。また、IN FLAMESにも食指がのびるでしょう。

さて、3系統にわけましたが、実際には、複数の系統にまたがるレビュー記事がおおいです。たとえば下記記事などは成分分析をポエムに帰結させている非常にステキなレビュー記事です。

なめブログ TRAGEDY『Darker Days Ahead』 2013.01.06

どのレビューを読んだらいいか?

音楽作品をえらぶ場合

断然成分分析系をおすすめします。体系的な評価がされているため、外れをつかむことが少ないです。作品が好みでなかった場合も意味を見出すことができます。

一方でポエム系は、個人感情が評価の核となっているため、そのひとと感性があわなかった場合ざんねんな時間をすごすことになります。

レビューで先入観が強まるのがいやな場合、信頼できるレビュアーの点数だけで判断するという方法もあります。

聴いたあとに読む場合

3つのうちどれもおすすめです。ポエム系は音楽→言語の翻訳力がつき、感受性が増します。ライナーノーツ系は知識が得られます。成分分析系はどの要素に着目するのか、どう結びつけるかといった体系的理解の仕方を学べます。

単純に読み物としておもしろいのは、ポエム系=成分分析系>ライナーノーツ系でしょう。また、個人ブログなどの場合は、コメントなどで意見をやりとりするのも楽しみのひとつです (他意はありません他意は)。

以上です。レビューを読むときに、本記事の内容を頭の片隅にでもおいてもらえればうれしいかぎりです。よいレビューもクソみたいなレビューもたくさん読んで、音楽鑑賞を堪能しましょう!