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CORROSIVE CARCASS『Composition of Flesh』で起きた見事な一体化。

カバー画像

インタビューでAUTOPSYやDISMENBERあたりの影響を公言しているだけある古き良きデスメタルの音楽性。とりあえずGAINのツマミを目いっぱいまわして歪ませずにはいられない類の音づくり。ドラムはスネアとシンバルが必ずセットになっててシャリシャリシャリシャリとクソやかましい。ボーカルは不健康な獣グロウルで「肉が足りねぇ!肉が足りねぇ!」とカニバリズムを吐き出す。

つうわけでバンド名やジャケットから寸分狂わないイメージのド汚えデスメタル。非常に満足でした。まる。

で終わらせるにはちょっとボーカルがのグロウルがおもしろすぎる。

グロウルって基本的にメロディがないから打楽器に近い。それも、ドラムのように何種類かの音を同時に使い鳴らすわけではないので、タブラなどの単純な打楽器に近いだろう。そのため、声質の特徴や、あるいはどう他の楽器とからませるか、非グロウル要素をどう混ぜ込むかという使い方で差別化が図られていることがおおい。

一方このバンドのグロウル。#1「The Flesh Is Not Enough」でもっとも顕著だけれど、ひと呼吸ごとに百面相のようにやたらめったらに声質を変えているため、もうなんかシンセサイザーみたいな位置になりつつある。使用方法はいたって普通なんだけれども、その特徴によって意味そのものが変わっている。そして、それは当然単純に楽曲自体に彩りをあたえて飽きを抑えている。

そしてさらに重要な点。通常のグロウルは、リズム的側面を強調したり非人間的声に近づけたりすると、ややもすると非生物的になりがちだ。その点彼らはグロウルは、声の変化からボーカルの息遣いが明確に感じられるため、生物性が存分に発揮されている。そしてその生物性は彼らにとって非常に有利に働いている。凶悪で粗暴なグロウルとその呼吸は、前述した凶暴な音楽性とあわさって、まさにジャケット絵の生物が人肉を求めて這いずりまわり血肉を食い散らかしているような感覚を促進させている。

本作品は以上のしくみで、楽曲、ボーカル、アルバムコンセプトが、全体から受ける粗暴さからは考えられない程度に見事な一体化を果たしている。ここまでにド汚ねぇとか粗暴とか書いてきたが、実のところはかなり練られた作品ではある。ジャリジャリした雰囲気の音は、短絡的にひずませたというよりも前述のバンドらに近い音をしっかり作り上げてきたという印象。低音も引き締まっている。演奏も安定感がある。歌詞にしても、単純に「人肉うめぇ」、「血肉祭りじゃー!」とグロを吐き出すだけではなくて、喰う側の感情の揺れなども描きながら終末に落とし込んでいる。アルバム1枚でちゃんとひとつの物語を描いている。もし本作が本当に粗暴な作り方でできたものだったら、上でのべた一体化は感じられなかっただろう。丁寧に要素をつむいだからこそ高い位置での交わりが起きたのだと信じている。

それではみなさんもご一緒にこの作品を聴いて、ぜひド汚い生物の一部になりましょう。フレッシュ!

余談。メンバー写真がこの寒々しさなんだけども、Tシャツにメンバーの写真がでかでかと入ってて笑う。

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