カバー画像

MARILYN MANSON『Born Villain』で「マリリン・マンソン」は形づくられたか?

ブライアン・ワーナーが子供のころ夢中になってやっていたダンジョンズ&ドラゴン――架空のキャラクターになってそこらをうろつきまわる妄想遊び。そこに周囲がまきこまれてできあがった虚像”MARILYN MANSON”。実態のないロックスター。世紀末のアメリカそのものだった。だからこそ時代と人が移った2003年の『The Golden Age of Grotesque』で虚像は崩壊した。必然的に。拠り所を失ったブライアン・ワーナー。彼が次に求めたのは意外にも人の愛だった。以後MARILYN MANSONはブライアン・ワーナーの人間的で個人的な感情をさらす場となった。

そういう流れでの本作。

「これがおれたちの”ファーストアルバム”だぜ!」

という発言にあらわされているように、本作はバンドとしてのMARILYN MANSONを新しく形づくる決意のもとに作られた。

でもね、これじゃ変わったとは言えないよ…。

や、メタル風のフレーズやベースの音色、役割など新しい部分はあるよ。以前のアルバムと区別がつく変化はあるよ。でも結局手癖ですよ。はっきりとしたリズムにデジタルなリフとマリリン・マンソンのおどろしいボーカルが乗るインダストリアルゴシックロックですよ。彼らでなくてもいまやなんも珍しくない。質は高いよ、そらあ高い。でもそんなの当たり前でしょう。何十年ミュージシャンやってるんです?質だけで許されるキャリアあるいはバンドじゃないでしょう。

バンドやります!やりました!それだけじゃあねぇ。

新たな決意で作り上げたバンド”MARILYN MANSON”はバンドというだけで中身のない虚像だった。またしても虚像だった。時代の共鳴がないぶん、前よりも崩壊は早い。中身を見つけないと。早く早く早く早く!

というわけでブライアン・ワーナー物語はもうちょっと続くのじゃ。

カバー画像

Boris『Heavy Rocks』で露呈した「WATAタソハァハァ」にゲンニョリ。

久々の轟音ファズギターを駆使したベッタベタなリフから開幕。近年顕著だった薄っぺらいエレクトロ、ダンス、歌謡要素をうまいこと巻き込みながら展開。#5「Missing Pieces」は彼らの最高峰『flood』で見せた、抑揚と轟音による圧倒的な情景描写を見事にウタモノとして結実させている。素敵、素敵な出来よ!

と喜んだのも束の間だった。#7「Window Shoping」で全てが崩れた。

borisにはWATAっつう女性ギタリストがいまして。#7「Window Shoping」。「ちょっと、止めてぇ~、ンッフッフッフ(笑)」つうWATAの声のお寒いサンプリングから始まるのだった。そういうのはやめとけよ。こないだ出された彼女のお世辞にも良いとは言えないボーカルをふゅーちゃーした『Attention Please』といい、こりゃあアレだな、もうWATAちょーカワイー。そんな感じ。ヒシヒシと。

酔狂な音楽をやってるなかでの女性が「女性」として取り上げられるのはまーわからなくもないのだけど、WATAはどうにも実力不足。身内では盛り上がってるのかもしれんが、やや引いた立場からするとおサムイことよ。

もしかしたら#7「Window Shoping」の冒頭がWATAじゃない場合もありうるんだけど、まあどっちにしろお寒いことには変わらないのだった。

くねくねを遠くから眺める程度では問題は無いが、詳細が判る程に見つめて、それが何であるかを理解すると精神に異常を来たす。