THE ANGELIC PROCESS『Weighing Souls with Sand』とともに、せめて笑いながら死ねたなら。

この手の、ドゥームとかドローンアンビエントノイズとかそのへんですか、 たとえばNADJAや、最近ならGNAW THEIR TONGUESあたりは、 音の力やそこに込められた情念は そりゃあもうもんのスゴイことになってるんだけれども、 いかんせん起伏やメロディにとぼしいため初心者にやさしくない。 聴くのにすげえ気合がいる。

その点このひとたちは、 ひしゃげたや音色や過剰な低音、うずまく砂嵐ギターはドローンそのものなのであるが、 リフの存在、唄うドラム、絶叫しながらも伝える意思が明確なボーカル、 楽曲の展開、全曲ぶっつづけでインタールードの存在するアルバム構成 などなどによって群をぬいたキャッチーさをたずさえている。 これムックの「絶望」あたりが好きなひとでもいけるんじゃねえか、 と一瞬錯覚させてくれるほどに。

ただ音で圧倒するだけでは退屈は蹴飛ばせない。 いずれじわりと刺す退屈に押し潰されてしまう。 先人たちは狂気や混沌をまとうことで、退屈が退屈として機能しないようにしてきたが、 やはり退屈は依然として音のなかに存在していた。 しかしかれらはそういったある種のゴマカシではなく、 本質的に「退屈でない」音楽をつくりだした。

エゲつない音楽のエゲつなさそのままにわかりやすさを付加してくれるバンドって、大好き。

で、ですよ。

2007年10月某日、夫のK.Angylusがオフィシャルサイトに、 右手がイカれてもう楽器が満足に弾けない。 治る見込みもない。治ってももとのように演奏できる保証もない。 オレから音楽をとったら何がのこるんだろう。もはや絶望するしかない。 というような絶望的な文章をのせまして、無期限活動休止に。

2008年4月26日、K.Angylus氏は亡くなったようです。 某所で His depression got the better of him and he just could not hold on any longer. と記されているので自殺かもしれません。絶望を音楽で表現できなくなったという絶望。 永遠の闇にのまれる瞬間、 彼はその絶望をかかえたまま死んでいったのか。 それとも絶望から解放される安らぎにつつまれたのか。

We all die laughing.
But, did he die laughing?

一部のひとにはおめえAmazonのパクリじゃねえかとおもわれるかもしれませんが、違います。だってアレ、俺が書いたやつだもの。

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